【コラム 山口利昭】イオンの「監査役育成アカデミー」は企業価値を向上させるか?
2014年9月20日 19:19
【9月20日、さくらフィナンシャルニュース=東京】
9月13日の日経電子版に、コーポレート・ガバナンスに関連する少々驚きのニュースが掲載されていました。流通大手のイオンさんが、監査役候補者を社内で育成する機関「イオン監査役アカデミー」を設置する、とのことです。アカデミーを修了した幹部人材の方々は、海外を含め260社以上ある子会社の監査役に順次配置されるそうです。アカデミー受講者は、財務・経理、人事、顧客サービスなど各部署から部次長クラスの社員を毎年10人以上選抜し、外部から講師を招き、週末を利用して1年間で100時間強の授業を受けてもらうとのこと。修了後はグループ会社の常勤監査役に就任させる、と報じられています。
企業グループ全体のレピュテーションを毀損するような企業不祥事は、グループ内の子会社で発生するケースが多く、たとえば4年前に不適切な会計処理が子会社で発生した近鉄さんが、大幅に子会社の常勤監査役さんを増やすということもありましたが(朝日新聞ニュースはこちら(http://www.asahi.com/kansai/travel/news/OSK201004230026.html)です)、年間100時間を超える研修によって常勤監査役さんを子会社に設置する、という試みは、これまであまり聞いたことがありません。
もちろん日経の記事にあるように、「グループとして監査役の機能を強化し、子会社が自律的に法令順守や不祥事防止に取り組むよう促す」ということが主たる目的だと思いますが、やはり会社法改正の影響が、ここにも出ているように思います。企業集団内部統制が法文化され、親会社による子会社管理が強化される傾向が出てくるのでは・・・、といった流れから、即戦力となる常勤監査役さんを、幹部候補から抜粋・育成し、いわゆる「キャリアパス」の一環に位置づけようとされているのではないかと推測します。
そしてもうひとつ、会社法改正によって親会社・兄弟会社の「支配人その他の使用人」は子会社(兄弟会社)の社外監査役に就任することができなくなります(会社法2条15号ハ 参照)。これまで親会社の幹部社員の方々が、グループ子会社の非常勤監査役に就任していたケースも多いわけですが、改正によって兼任に制限が生じますので、こちらの対策も必要になります。
リスク管理の視点からすると、こういった監査役育成プログラムは不正リスクを低減するものとして、グループとしての企業価値向上に貢献するものと予想されます。ただ、当ブログでも何度かご紹介した「ずる-嘘のごまかしの行動経済学」(ダン・アリエリー著)の中に登場する「カギの効用」で説明したように、いくらガバナンスの仕組みを整えたとしても、本気で不正をやろうとする者の不正行為を未然に防止することは至難の業です。むしろ、社員の98%を占める「ふだんは誠実だが、誘惑があると不誠実に走ってしまう『まじめな社員』」が、不誠実に走ってしまわないように「性弱説」に立った監査活動こそ、ここで期待されるものと言えるのではないでしょうか。
「安全」は外から見えませんが「安心」は外から判断することができます。リスク管理の巧拙は、本来は組織の品質管理に依拠するものですが、企業不祥事が発生しているのか、していないのか、その組織の現在価値を外から判断することはできません。したがって、リスク管理の巧拙は、「将来、その組織において不正が発生した場合、これを早めに止めることができるのか」といった将来価値をもって判断せざるをえません。多くの子会社に常勤監査役さんが増えれば、またグループ全体として「監査役連絡協議会」のようなものが出来て、子会社不正を親会社が早期に発見できる機能も高まるでしょう。このような監査役育成アカデミーは、まさに「将来価値」に関わるものであり、企業の自浄能力が求められている昨今、企業価値の向上に資するものになると考えています。【了】
山口利昭(やまぐちとしあき)/山口利昭法律事務所代表弁護士。大阪府立三国丘高校、大阪大学法学部卒業。大阪弁護士会所属(平成2年登録 司法修習所42期)。現在、株式会社ニッセンホールディングス、大東建託株式会社の社外取締役を務める。著書に『法の世界からみた会計監査 弁護士と会計士のわかりあえないミソを考える』 (同文館出版)がある。ブログ「ビジネス法務の部屋」(http://yamaguchi-law-office.way-nifty.com/weblog/)より、本人の許可を経て転載。