理研、「嫌な記憶」から「楽しい記憶」への置き換えが可能であることを明らかに
2014年8月30日 16:48
理化学研究所は、神経細胞群を光で操作することで、「嫌な出来事の記憶」を「楽しい出来事の記憶」に置き換えることに成功し、その時の神経メカニズムを明らかにした。
記憶は固定的なものと考えがちだが、実際には、体験している出来事がどのように情緒に訴えるかに大きく左右される。例えば、いつも先生に怒られてばかりで「嫌な出来事の記憶」と結びついていた学校に、転校生がやって来て、その人と楽しい毎日を体験するようになると、学校に行くことがいつの間にか「楽しい出来事の記憶」に書き換えられていたりする。ところが、このような記憶の書き換えが、脳のどの領域でどのように行われているか、その神経メカニズムは明らかではなかった。
記憶は、記憶痕跡(エングラム)と呼ばれる神経細胞群とそのつながりに蓄えられる。研究チームは、海馬と扁桃体という2つの脳領域とそのつながりに蓄えられた「嫌な出来事の記憶」が「楽しい出来事の記憶」に取って代わられるかどうかを、最先端の光遺伝学を使ったマウス実験で調査した。
実験では、オスのマウスを小部屋に入れて弱い電気ショックを与え、「この小部屋は怖い所だ」という「嫌な出来事の記憶」を脳内に作った。同時に、その記憶が蓄えられた海馬の神経細胞群を光感受性タンパク質で標識した。
この操作によって、マウスは、標識された細胞群に青い光を照射すると、怖い経験を思い出してすくむようになる。しかし、このように処理したオスのマウスに光を照射しながら、メスのマウスを部屋の中に入れて1時間ほど一緒に遊ばせてやると、今度は「楽しい出来事の記憶」が作られ、小部屋の特定の場所で光照射をすると、その場所に長くいるようになった。
つまり、「嫌な出来事の記憶」に使われた海馬の神経細胞群をそのまま使って、異性に会えたという「楽しい出来事の記憶」に変換することができるということが示された。逆に、同様の光遺伝学の方法を用いて、「楽しい出来事の記憶」を「嫌な出来事の記憶」にスイッチさせることも可能だということが示された。
次に、海馬より下流にある扁桃体を同じように処理した場合にどのような変化が起きるかについても調べた。扁桃体でも「嫌な出来事の記憶」や「楽しい出来事の記憶」を作り出すことができますが、同じ神経細胞では記憶のスイッチはできなかった。
このことから、海馬から扁桃体への脳細胞のつながりの可塑性(外界からの刺激を受けて、柔軟かつ適応的に、機能や構造の変化を起こすこと)が、出来事の記憶の情緒面の生業に重要な働きをしていると考えられる。
うつ病の患者では、嫌な出来事の記憶が積もって、楽しい出来事を思い出すことがなかなかできない状態になっているケースが多いことが知られているが、海馬と扁桃体のつながりの可塑性の異常が一つの原因になっている可能性が考えられる。今回の成果は、うつ病患者の心理療法に科学的根拠を与えると共に、今後の治療法の開発に寄与することが期待される。
なお、この内容は8月27日に「Nature」オンライン版に掲載された。