【コラム 江川紹子】DHC吉田会長、計10件の訴訟提起は、恫喝的なSLAPP訴訟なのか
2014年8月25日 09:27
【8月25日、さくらフィナンシャルニュース=東京】
■政治家への巨額の資金提供をブログで批判
法規制と官僚が事業の障害になっていると考えている大企業の経営者が、規制緩和と脱官僚を旗印に掲げる政党党首に、選挙前に不透明な形で巨額の資金提供をしていたことが発覚。その経営者の行為を、市民がブログで「政治を金で買った」と批判することは、論評として許容される範囲のものか。それとも、名誉毀損に当たり許されないものなのか…。
そんな論点で争われる裁判が、東京地裁で起きている。
裁判を起こしたのは、化粧品・サプリメントのメーカーDHCの吉田嘉明会長。訴えられたのは、ブログで連日、政治や憲法を巡る問題について自身の意見を書き続けている澤藤統一郎弁護士である。
きっかけとなったのは、『週刊新潮』4月4日号(3月26日発売)に掲載された吉田氏の独占手記。「みんなの党」が分裂したが、同党代表の渡辺喜美氏が、比例代表で当選した議員の会派離脱を認めないなど、もめていた。そんな時に吉田氏は、2010年7月の参議院選挙と2012年12月の衆議院総選挙の直前に、渡辺氏に8億円を貸したことを暴露。そのうえで、渡辺氏の「度量の小ささ」を非難し、決別を宣言した。
吉田手記を読んだ澤藤弁護士は、さっそくブログ(*1)で取り上げ、こう書いた。
〈(吉田氏は)要するに自分の儲けのために、しっぽを振ってくれる矜持のない政治家を金で買ったのだ。ところが、せっかく餌をやったのに、自分の意のままにならないから切って捨てることにした。渡辺喜美のみっともなさもこの上ないが、DHC側のあくどさも相当なもの。両者への批判が必要だ〉
吉田氏は手記の中で、厚労省の規制チェックの煩わしさを述べ、「霞が関、官僚機構の打破こそが、今の日本に求められる改革であり、それを託せる人こそが、私の求める政治家」などと、渡辺氏を支援してきた理由も書いている。これに対する澤藤弁護士の批判は峻烈だ。
■カネで政治を買おうという行為は批判されるべき
〈金で政治を買おうというこの行動、とりわけ大金持ちがさらなる利潤を追求するために、行政の規制緩和を求めて政治家に金を出す、こんな行為は徹底して批判されなくてはならない〉
澤藤弁護士は、ブログで第2弾、第3弾とこの問題を書いた。マスコミが、渡辺氏は批判するが、金を提供していた吉田氏についての論評がないことについて、次のように批判している。
〈もの足りないのは、巨額の金を融通することで、みんなの党を陰で操っていたスポンサーに対する批判の言が見られないこと〉
制度の不備にも言及した。
〈今回の「吉田・渡辺ケース」が政治資金規正法に抵触しないとしたら、それこそ法の不備である。政治献金については細かく規制に服するが、「政治貸金」の形となれば一切規制を免れてしまうことの不合理は明らかである。巨額の金がアンダーテーブルで政治家に手渡され、その金が選挙や党勢拡大にものを言っても、貸金であれば公開の必要がなくなるということは到底納得し得ない〉
これに対し、吉田氏は4月16日、ブログの記載は、同氏の社会的評価を低下させたり、著しく侮辱する「事実」を示したものとして、2000万円の損害賠償と謝罪広告の掲載を求める裁判を起こした。
■言論には言論で対抗するのが本筋
おそらく、批判は他からもかなりあったのだろう。吉田氏は、DHC社のサイト(*2)に「国が少しでも良くなるようにと、私は大義を持って浄財を投じた」などとする弁明を寄せている。また、澤藤弁護士以外の8人に対しても、計9件の名誉毀損訴訟を起こしている。
一方の澤藤弁護士は、ブログの記載内容は、吉田手記に書かれた事実を元にした「論評」である、と主張。さらに、吉田氏の提訴そのものが、公的な事柄について発言する市民を訴えることで、精神的・経済的ダメージを与え、萎縮効果を狙うSLAPP(スラップ)訴訟(恫喝訴訟などと訳される)であると反発している。そして、裁判そのものをブログのネタにし、「DHCスラップ訴訟を許さない」と題する連載も始めた。
吉田氏側は、「読者に不当提訴であるかのような印象を与えた」と怒り、損害賠償請求額をつり上げることも予告している。
確かに、澤藤弁護士のブログでの批判は辛辣である。本人が読めば、腹が立つだろう。しかし、その内容は人身攻撃にわたるものではない。「政治とカネ」の問題を考える時、カネを受け取る政治家だけでなく、多額の資金を、不透明な形で提供した側に対して、批判の矛先が向くことは甘受しなければならないのではないか。ましてや、「政治を金で買った」程度の比喩表現でいちいち裁判を起こされ、損害賠償を求められるようなことでは、「政治とカネ」を巡る言論は、かなり窮屈なものになるだろう。
言論には言論で対抗するのが基本。吉田会長は裁判など起こすのではなく、自社のサイトで存分に澤藤ブログに反論をすればよかったのではないか。
インターネットを通じて誰もが発信できる時代。とりわけ政治に関しては、自由な論評がなされることが望ましい。そういう視点で、今後もこの裁判を注視していきたい。【了】
*1 http://article9.jp/wordpress/?m=201403
*2 http://top.dhc.co.jp/company/jp/cp.html 「会長メッセージ」
えがわ・しょうこ/1958年、東京都出身。早稲田大学政治経済学部卒。1982年〜87年まで神奈川新聞社に勤務。警察・裁判取材や連載企画などを担当した後、29歳で独立。1989年から本格的にオウム真理教についての取材を開始。現在も、オウム真理教の信者だった菊地直子被告の裁判を取材・傍聴中。「冤罪の構図 やったのはお前だ」(社会思想社、のち現代教養文庫、新風舎文庫)、「オウム真理教追跡2200日」(文藝春秋)、「勇気ってなんだろう」(岩波ジュニア新書)等、著書多数。菊池寛賞受賞。行刑改革会議、検察の在り方検討会議の各委員を経験。オペラ愛好家としても知られる。個人blogに「江川紹子のあれやこれや」(http://bylines.news.yahoo.co.jp/egawashoko/)がある。