【書評】雑誌と新聞はウェブに移行する?ー『5年後メディアは稼げるか』(佐々木紀彦)

2014年8月18日 07:10

【8月18日、さくらフィナンシャルニュース=大阪】

■数年で日本の紙メディアは激変する

 「ジャーナリズムがウェブ時代に生き残るための稼ぎ方を提案する」というのが本書『5年後、メディアは稼げるか』(東洋経済、2013年)のねらいだ。

 著者の佐々木紀彦氏(1979年生まれ)は、「東洋経済オンライン」の編集長に2012年に就任し、わずか4ヶ月で月間PV5000万を超える人気メディアに成長させた。「週刊東洋経済」という「紙」メディア出身の著者は、新たな職場で「紙」と「ウェブ」の違いを痛感し、「これから数年で日本のメディア業界が激変する」という確信をもった。

 「ウェブ時代」や「メディア業界」などマクロな議論を展開しながらも、話が拡散しないよう、著者は論題をたくみに限定している。例えば、単行本や新書が電子書籍へ移行するかどうかは本書の関心の外である。著者は「紙」が情報の媒体や表現手段として消滅すると主張しているのではない。

 単行本や新書などは「紙」のままだろうとさえ著者は言う。

 著者の主張は、「紙」から「ウェブ」へ移行せざるをえない表現ジャンルがあるということだ。それは雑誌と新聞だ。本書の構成は、前半部分がなぜ雑誌と新聞がウェブへ移行せざるをえないかという分析、後半は移行したらどうすれば稼げるかという提言だ。今回は前半部分(1章と2章)を論評する。

 第1章は著者のウェブメディア体験談になっている。著者は、「東洋経済オンライン」の編集長に就任してから、積極的に施策を提案した。例えば、社外筆者と組んだコラムの拡充や、「紙」からの転載でないウェブオリジナル記事を充実させた。

 これらは東洋経済の内部で、「ウェブ」を「紙」の従属物にさせないための、「紙」と「ウェブ」との差別化である。

■ウェブメディアの方が多様な記事が掲載されやすい

 意識的な差別化ではなく、「ウェブ」と「紙」とのそもそものちがいも指摘されている。例えば、ウェブでは紙よりも「タイトルが10倍重要」だという。なぜなら紙とは異なり、タイトルが気に入らなければ読者は中身を一切見ない。また、ウェブの読者は、パッケージ全体を見るという発想がないから、気になるコンテンツだけを読む。そのため、ウェブメディアの方が、統一された編集方針を持つ紙の記事よりも、多様な記事が掲載されやすいと著者はいう。

 また、「紙」の雑誌と「ウェブ」の住み分けも提案されており、速報性のあるものは「ウェブ」が担当し、ひとつのテーマを深く掘り下げたものは「紙」の雑誌が特集すれば、住み分けが可能である。

 第1章は、「紙」の雑誌や新聞が「ウェブ」に移行する理由というよりは、「紙」と「ウェブ」との差別化、「紙」と「ウェブ」との住み分けが議論の中心だ。日本の雑誌と新聞が、近い将来「ウェブ」へ移行するという本書全体の見通しの論拠は、第2章、アメリカのメディア業界の分析から引出されたものだろう。

 米国の新聞と雑誌は2008年のリーマンショック以来、大きな構造変化に襲われた。紙からネットへのシフトによる広告の急落だ。米国の新聞は広告への依存度が高く、収入に占める割合は8~9割に上る。その広告収入が2008年のリーマンショック以後半減した。紙の衰え以上に問題だったのは、オンライン広告の単価の安さだった。

 今となっては、米メディア業界で、オンライン広告は紙の10分の1ほどの値段なのは常識だという。ウェブ上には紙と違い、ほぼ無限大にページ数があるため、広告枠の価値は極めて低くなる。また、オンラインの世界ではメディア企業は、グーグルやヤフーなどテクノロジー企業と、広告マーケットのシェアを競争しなければならない。

 このような構造変化の中で、アメリカの新聞社と雑誌社がどのようにサヴァイヴァルしたかが第2章の中心である。

■メーター制の導入

 新聞社のフィナンシャル・タイムズは、2007年に他社に先がけて「メーター制」を導入し、苦境を乗り切った。「メーター制」とは、ある本数までは無料で読めるが、一定本数を超えた場合、有料会員にならないとそれ以上は読めない、というような有料と無料を組み合わせた課金システムである。

 また、ビジネス雑誌の「フォーブズ」は、オンラインの「フォーブズ・ドットコム」で、専属の記者でなく、外部のビジネスマンや学者を記者に採用し、記事の多様化を図った。このようなウェブの施策をアメリカの新聞社や雑誌社は日本に先がけて行っている。

 なぜ日本の雑誌と新聞が近い将来ウェブへ移行すると言えるのか。それは、ウェブの先進国アメリカで移行しているから、というのが本書の提示する最大の根拠である。日本はアメリカと事情が異なるから同様の改革は無理だ、という反論は著者も想定ずみである。やはり議論の勝負は、面白い未来を描けるかどうかだろう。

 著者がどのような将来の方向性を示すか、後半の第3章と4章を次回論評する。【了】

 フリーライター 井上 聡/いのうえ・さとし。1983年生まれ、福岡県出身。京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程在学中。専攻は美学・国文学。趣味は加茂川沿いをランニング。

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