【経済分析】6月のエルニーニョ監視速報〜景気は年末がピークの可能性

2014年7月17日 17:45

【6月17日、さくらフィナンシャルニュース=東京】

●景気やマーケットに先行する海面水温


 私が景気や相場の先行きを見る上で今特に注目している指標が2つあります。

 1つはフィラデルフィア連銀の製造業景況指数の中の期待指数で、この景気指標によって米国の景気の方向性に関する最新の情報をつかむことができます。

 そしてもう一つが、気象庁から発表されるエルニーニョ監視速報の中の海面水温(基準値との差)です。このブログでもたびたび紹介しているように、エルニーニョ監視海域の海面水温は現在、フィラデルフィア連銀の期待指数や日本の株価など、景気や株価の動きに平均4か月ほどのラグをもって先行しています。なぜ海面水温が景気やマーケットの動きに先行するのか合理的に説明するのは難しいのですが、理屈はともかく、海面水温は私が長年の経験から景気やマーケットの先行きを読むのに今最も信頼を置いている情報です。

●エルニーニョの定義とは


 そのエルニーニョ監視速報が10日に発表されました。

 6月のエルニーニョ監視海域の海面水温の基準値との差は+0.8℃で、5月の+0.6℃からさらに上昇しました。

 エルニーニョ現象とは、この基準値との差(平年偏差)が+0.5℃以上となった状態を差すので、+0.5℃を上回った5月からエルニーニョが発生したのではないかと思われるかも知れませんが、「エルニーニョの発生」には正確な定義があり、平年偏差の5ヵ月移動平均値が+0.5℃以上の状態が6ヵ月以上続いた時に、「エルニーニョが発生した」と認定されます。(このへんは「景気後退」の判定の仕方とよく似ています。日本の場合には、景気一致指数を構成する11個の景気指標の過半数が悪化している状態が6ヵ月以上続くことが「景気後退」と判定される目安となるからです。)

 もし、来月発表される7月の海面水温(平年差)が6月と同じ+0.8℃となれば5月の5か月移動平均(3月〜7月の平均値)が+0.5℃となり、さらに10月まで最低6か月間、5か月移動平均が+0.5℃以上となった時に初めて、「エルニーニョが春(3月〜5月)に発生した」ことが正式に気象庁から発表されることになります。

●景気は冬に後退局面に入る可能性


 気象庁は先月まで、「夏にエルニーニョが発生する可能性が高い」との予測を出していましたが、「夏に発生する可能性は低くなり、秋に発生する可能性が高い」とこれまでの予測が今回修正されました。

 その理由は、「海洋表層の中部の冷水が、今後エルニーニョ監視海域の海面水温が基準値に近づくように働く」と予想されるためで、エルニーニョ予測モデルでは、夏の後半に基準値に近づき、秋から冬にかけて基準値より高くなると予測されています。

 今回、エルニーニョが発生する時期の予測が夏から秋に修正されたことは、日本が景気後退に入る時期の予想に影響します。

 具体的には、エルニーニョが発生すると1四半期後に景気が山をつけて後退局面に入るケースが多かったことから、これまでは、夏にエルニーニョが発生するとの予測を前提に、景気は秋(9月〜11月)に山を迎えて後退局面に入ると想定していましたが(4/11のブログ)、エルニーニョの発生時期の予想が夏から秋にずれたことで、景気後退に入る時期の予想も、秋から冬(今年12月〜来年2月)にずれることになります。

 景気先行指数は今年1月にピークアウトした可能性が高く、景気の山に対する先行期間が平均11か月なので、景気先行指数との関係では景気は平均的に今年12月に山をつけると予想されますが、これはエルニーニョの発生時期から予想される景気の山のタイミングとほぼ一致します。

 さらに、戦後15回の景気循環で景気がいつ「山」をつけたのかを調べてみると、冬(12月〜2月)が6回と最も多く、以下、夏(6月〜8月)が4回、秋(9月〜11月)が3回、春(3月〜5月)が2回となっており、日本では特に冬の期間に景気が山をつけやすい傾向があります。このような季節的な傾向性も予想を後押しする材料です。

●海面水温は目先上昇が一服


 エルニーニョの発生時期の予測が夏から秋に修正されたのは、先述したように、上昇していた海面水温がいったん低下に転じると予想されるためです。

 私自身は気象に関する詳しい知識はありませんが、毎月の海面水温の基準値との差(平年差)の推移をみても、2月マイナス0.8℃、3月マイナス0.1℃、4月+0.3℃、5月+0.6℃、6月+0.8℃と、上昇傾向が続いてはいるものの、上昇のペースは次第に緩やかになってきており、素人目にもエルニーニョを発生させる力が目先弱まりつつあることがうがえます。

 ただ、気象庁のエルニーニョ予測モデルでは、上昇が一服した後、再び上昇基調に転じて、秋にエルニーニョが発生すると予想されています。また、NOAA(アメリカ海洋大気庁)やWMO(世界気象機関)も今年エルニーニョが発生する可能性が高いと予測しています。(それぞれ発生確率も発表しており、NOAAは夏に70%、秋から冬にかけて80%の確率で発生すると予測、また、WMOは夏に60%、秋から冬にかけて75〜80%の確率で発生すると予測しています。)

●気象庁の予測モデルでも予測は難しい


 もっとも、世界の気象関係機関からエルニーニョ発生の予測が出ていたとしても、あくまでも足元の海洋データに基づいた予測であり、今後気象条件が大きく変化すればエルニーニョが発生しない可能性も十分に考えられます。現にこの1ヵ月で発生時期の予測が変わったことをみても、予測には常に不確実性が伴っていることを念頭に置く必要があると考えています。

 それで思い出すのが、今回同様に「夏にエルニーニョが発生する可能性が高い」との予測が気象庁から出たにも拘わらず、結局エルニーニョが発生しなかった2012年です。

 この年、エルニーニョ発生の予測が出た7月に、私はブログの中で、「エルニーニョ予測モデルを見る限りエルニーニョが発生する可能性は高いのではないか」と考えて、「景気は後退局面に入る可能性が高い」と予想しました(実はこの時すでに景気は後退局面に入っていたのですが)。しかし、結局、海面水温(平年差)は予測モデルが示すような上昇をみせず。7月の+0.8℃をピークに低下に転じ、エルニーニョの発生には至りませんでした。海面水温の動きに呼応するように、景気の調整も予想していたほど深くはなりませんでした。景気は結果的には「後退局面」と判定されましたが、後退期間は戦後最短の7ヵ月となり、実質的には「後退」というよりも「踊り場」と呼ぶのが相応しい軽微の調整で済みました。

 気象も経済と同じように様々な要因が複雑に絡んで、一つの要因のわずかな変化が思いもかけない変化を全体にもたらす「カオス」が発生する場であると考えられます。5/31のブログ(「数式による経済予測はなぜ不可能なのか」)に書いたことと同じことがエルニーニョの予測モデルについても言えるはずです。

 今回、気象庁のエルニーニョの発生時期に関する予測が修正されたことは、モデル(数式)を使った予測がいかに難しいかをあらためて思い起こさせます。

 今後エルニーニョが発生しない可能性があることも念頭に置きながら、そのような変化に柔軟に対応できるようにしなければいけないと考えています。

●年後半の景気や株価は弱含む可能性が高い


 ということで、今後の海面水温の動きについては予断を持たず、その動きを注視していきたいと思っています。

 もっとも、エルニーニョが発生するかしないかは、景気が後退局面を迎えるのか踊り場で済むのかの違いに関係してくるもので、海面水温(平年差)がすでに+0.8℃まで上昇したことの影響は、今後景気や相場に下押し圧力として現れてくるはずです。

 仮にここから海面水温が低下に転じても、景気指標や株価が海面水温に数か月遅れて動いていることを考えると、今年の後半にかけて景気や株価は弱含む可能性が高いとみています。景気やマーケットが想定外に下向きとなるリスクがあることには注意しなければいけないと考えています(このグラフについても参照)。【了】

 野田聖二(のだせいじ)/埼玉県狭山市在住の在野エコノミスト
 1982年に東北大学卒業後、埼玉銀行(現埼玉りそな銀行)入行。94年にあさひ投資顧問に出向し、チーフエコノミストとしてマクロ経済調査・予測を担当。04年から日興コーディアル証券FAを経て独立し、講演や執筆活動を行っている。専門は景気循環論。景気循環学会会員。著書に『複雑系で解く景気循環』(東洋経済新報社)『景気ウォッチャー投資法入門』(日本実業出版社)がある。著者のブログ『私の相場観』より、本人の許可を得て転載。

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