【コラム 山口亮】小保方問題が明白にした日本の深刻な安全保障問題(下)

2014年6月19日 10:30

【6月19日、さくらフィナンシャルニュース=東京】

(【コラム 山口亮】小保方問題が明白にした日本の深刻な安全保障問題(上)からの続き)

刺激惹起性多能性獲得細胞(通称「STAP細胞」)の論文不正疑惑問題を振り返ってみると、小保方晴子氏について指摘されている論文の「コピペ」は、研究者として論外と言わざるを得ないが、日本の大学院の訓練のレベルがいかに低いかということの証左である。

他人の著作物を、ルールに従った引用をしないで写した場合、英語でいうところのplagiarism(「窃盗」)に該当し、米国の大学(あるいは小学校でさえも!)で、このようなことを行った学生は、一発で停学になる。出した課題等については、零点だ。小保方氏が、博士論文で行ったと報道されるコピペ行為が発覚すれば、一発で処分される。

こうしことが、日本の高等教育で放置されていることが、国際的に知れ渡ったことは、日本の国益にとっても、大損失だ。

余談だが、小生が高校生の時に大学院生の塾講師から聞いたところによれば、小保方氏の出身大学では、他大で提出された知人の卒業論文を、自分の卒論として提出し、単位を取得した人間がいるとのことであった。

むろん、大学院でハードな教育を受け、運よく博士論文を書き上げても、就職するには、業績を上げ続けていく必要がある。研究費の獲得も、事後評価を含めた「ペア・レビュー」といわれる、研究者同士の相互チェックが働く仕組みが根付いている。

「ペア・レビュー」とは、研究者の研究費の配分について、同じ分野の現役の研究者が、それぞれ研究費の審査を行うと同時に、費用が割り当てられた研究成果についても、相互評価するというものだ。ただし、実績のあまり若手研究者にも、「成果を出す可能性」に基づいて評価されるので、博士論文などで一定の評価を得ていれば、一定の独立した研究を行うレベルの支援はなされる。画期的な研究は、このような無名だが可能性がある研究者に対してなされた結果として達成されることが多い。

我が国の科学技術政策の問題点は、予算の割り当てが、真に公平ではないことだ。文科省の意思決定者に人的に近かったり、科研費についての実権を持つ大御所の学者の一存で、自分の子分筋に無計画に割り当てられたりするだけでなく、予算を割り当てられた研究の成果についての事後的な評価がまるで行われない。

詳細は別稿に譲りたいが、米国に住んで、現地に根差して生活してみると勘が良ければ気が付くが、大学院教育や研究費配分の仕組みを含む、アメリカの科学技術政策は、もとをたざせば、基本的には「戦争に勝つため」に設計されてきたことが、よくわかる。

MIT(マサチューセッツ工科大学)やスタンフォード大学などの名門大学では、戦争をするためのバックオフィス的な役割を担った歴史があることを忘れてはならない。そもそも、博士課程での激しい競争は、戦争を行うための技術開発に携わる科学者を養成していくためのシステムの一つの要素だったのだ。邦訳はないようだが、Gregg Zacharyという著者による『ENDLESS FRONTIER』は、アメリカの軍産複合体制形成に重要な役割を果たした、元米国マサチューセッツ工科大学の副学長のバニーバー・ブッシュ(Vannevar Bush)について書かれた書物で、非常に参考になる。

戦争を遂行して、相手に対して優位に立つ、あるいは戦争をしなくとも軍事技術を背景にして、抑止力を持つためには、優れた兵器開発を行う必要がある。そのためには基礎研究を含めた優れた科学技術を生む仕組みを、国内に保有しなくてはならない。

そもそも理化学研究所は、第三代所長の大河内正敏が軍需産業や原発製造計画の責任によりA級戦犯とされている。戦前には、世界で初めてビタミンAの分離と抽出に成功して「理研ヴィタミン」を販売することを皮切りに、理研コンツェルンと言われる広範な産業集団を形成し、陸軍の依頼を受けて原子力爆弾の研究を戦時中に行うなど、軍事を含む科学技術分野で先端的な取り組みを行っていた組織だった。

サイエンスやテクノロジーの観点で国力を図る視点に立てば、小保方問題は、日本の安全保障問題でもあるのだ。【了】

やまぐちりょう/経済評論家
1976年、東京都生まれ。東京大学卒業後、現在、某投資会社でファンドマネージャー兼起業家として活躍中。さくらフィナンシャルニュースのコラムニスト。年間100万円以上を書籍代に消費するほど、読書が趣味。

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