【経済分析】どうすれば経済を予測できるのか(下)

2014年6月4日 16:07

【6月4日、さくらフィナンシャルニュース=東京】

当時のシンクタンクは、2001年には景気回復が本格化すると予測していました。それは、足元の設備投資の強さがやがて景気の拡大につながるとみていたためです。日銀が2000年8月にゼロ金利解除に踏み切った根拠も、設備投資の基調の強さを確認し景気の自律回復の可能性を確信したためと思われます。これらは、計量モデルの考え方と基本的に同じで、設備投資という景気の部分的な動きから景気全体の動きを予測しようとするやり方であるといえます。しかし、それでは2001年のITバブル崩壊に続く設備投資の急減速という変化を読むことはできなかったのです。

これに対して、当時の私が注目していたのは、足元の経済の部分的な動きではなく、日本経済の歴史を辿る中で見出した過去と現在の相似性でした。このグラフは、その根拠となった戦前と戦後の輸出寄与度の長期的な推移です。グラフにみるように戦前と戦後の経済発展が完全な相似形になっている理由を、クズネッツ・サイクル(約20年周期の景気循環)の視点から明らかにしました。(太平洋戦争を挟んで、戦前と戦後の日本経済が70年周期で見事に繰り返している事実については、以前にブログ(2013/4/30「『歴史は繰り返す』そのカラクリを解く」)の中で詳細に辿りましたので、そちらをご覧ください。)

拙著の執筆当時、私の頭の中にあったのは、70年前(つまり1929年)の日本と米国の経済状況でした。1929年に米国で株価が暴落して大恐慌が起こり、それが全世界に波及して1930年から31年にかけて日本で昭和恐慌が起こったのと同じような状況がこれから訪れるのではないかと考えていました。そして、結果はやはりその通りになったわけですが、そのことがまた、戦前と戦後に70年周期の循環という秩序が確かに存在することを証明することになりました。

このような私の予測は、シンクタンクの経済予測のように経済の部分部分に目を凝らして、何らかの理論を駆使して、将来の経済の全体の姿を描くようなやり方ではなく、経済全体が辿ってきた歴史を観察し、経済の変化を司っている法則(秩序)を見出す(読み取る)方法です。

シンクタンク、あるいは他のエコノミストと私のこうした予測方法の違いは、経済を単に個人消費や設備投資が寄せ集まったものとみているか、それとも、経済それ自体が全体としてひとつの秩序をもって変化していくものとみているか、経済というものに対する見方の違いに起因していると考えています。言ってみれば、「動物が内臓諸器官を持ちながら一個の生命体として行動しているように、経済も個人消費や設備投資などの部分の働きを含みながらも経済全体が一つの生命体として生きている」、と私は経済というものを見ています。

ここで読者は次のような疑問を抱かれるのではないでしょうか。

「経済全体が本当に秩序などをもっているのだろうか…」
なぜなら、全体を常に部分から説明しようとする‘科学的分析’に慣れてしまった私たちにとって、部分を問題とせずに直接経済全体を把握することは科学的ではない、とどうしても感じられてしまうからです。「全体を知るためには、まず部分を知らなければならない」と私たちは信じているのです。その背景には、「全体は部分の総和である」とするニュートン力学の世界観があります。

そこで私がよくたとえに使うのが「ナスカの地上絵」です。

南米ペルーのナスカ台地に描かれた様々な図形や動物の絵は、飛行機で上空から眺めなければ認識できません。そうとは知らずに初めてこの台地に立った人は、まさか自分がハチドリの描かれた図形の上に立っているとは想像もできないでしょう。その人の眼前には、小石が取り除かれて粘土質の層が広がっている風景しか見えないからです。

その人が飛行機に乗って上空から下を眺めた時に、初めて自分の見ていた粘土質の層がハチドリの図形の一部であったことが理解できるようになります。しかhし、その人の目にはもはやそれが粘土質の層であることは認識できません。その人に対して、「部分」がはっきり見えていないからあなたの見方は科学的ではない、と果たして言うことができるでしょうか。むしろ、台地の上で粘土質の層しか見えない人の方が、視野狭窄に陥り、台地に隠された重要な情報(メッセージ)を読みそこなっているとは言えないでしょうか。

これまで私たちは、経済理論や統計手法を精緻化することによって、経済をより一層深く理解することができると暗黙の内に考えてきました。そして、経済の真実を読み解く重要なメッセージに出会えるのではないかと期待してきました。しかし、それはたとえていえば、粘土質の成分を一生懸命に顕微鏡で調べてハチドリの姿は捉えようとする努力に等しかったのではないかと思います。

私は、「経済を予測する」とは、経済の中に存在している秩序を見出すことであると考えています。その秩序を発見するためには、ちょうど飛行機でナスカ台地の上空にのぼるように、その秩序が確認できる地点まで視点を移す必要があります。そのためには、経済を分析によってどんどん細かくしていくのとは逆に、マクロの視点から経済を眺める、つまり経済を歴史的に考察することが不可欠であると考えています。

それでは、日本経済を上空から眺めた時に、どのような絵がそこに描かれているのでしょうか。その描かれている絵を読み解くことは、すなわち経済を予測することに他なりません。

「経済予測」をテーマに何回かにわたって書いてきましたが、そのまとめとして、今後の日本経済を私がどのように眺めているのかを書いてみたいと思います。【了】

のだせいじ/埼玉県狭山市在住の在野エコノミスト
1982年に東北大学卒業後、埼玉銀行(現埼玉りそな銀行)入行。94年にあさひ投資顧問に出向し、チーフエコノミストとしてマクロ経済調査・予測を担当。04年から日興コーディアル証券FAを経て独立し、講演や執筆活動を行っている。専門は景気循環論。景気循環学会会員。著書に『複雑系で解く景気循環』(東洋経済新報社)『景気ウォッチャー投資法入門』(日本実業出版社)がある。著者のブログ『私の相場観』より、本人の許可を得て転載。

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