【小倉正男の経済羅針盤】アベノミクスの「気」と「景気」の狭間
2013年2月25日 09:44
■はたして「気」は変わったが・・・
「景気」という言葉の語源は、街やお店、それにお客や行き交う人々の活気や威勢などの有様・景色から来ているようだ。
英語では、単にエコノミー、あるいはビジネス、はたまたエコノミック・コンデションズである。
景気は人々の気の有様であり、「エコノミー」と比較すると、すでに動態的な意味合いが含まれている。そう考えると、いささか味わいも出てくる。
「アベノミクス」というタームがメディアに現れた昨年12月中下旬には、円安・株高がすでにはっきりと動き出した。政策が動き出す、という実体をベースにすれば、以前も以前の時期である。
何も実体は変わらない。しかし、「気」は変わったということになる。それもただ単に気分だけのことなら、どこかではげるものだが、まだ勢いは失われていない。
はたして「気」によって、「景気」は変化を起こすか――。
まだ当てにはできないが、東京・銀座、大阪・新地、名古屋・錦といった繁華街も週末などには人々が繰り出すように変わった、という。
■アベノミクスに応じボーナス増、定期昇給実施で「賃上げ」
変わったといえば、「賃上げ」の有様である。
経営側は、ベースアップや定期昇給には厳しい姿勢だ。ただし、ボーナス(一時金)については、昨年までとはやや違い軟化というか、前向きに転じていると伝えられている。
アベノミクスにより円安がもたらされ、日米首脳会談でTPP参加の方向性も打ち出された。経営側としても、自動車など大手製造業を中心に、安倍内閣からの「賃上げ要請」に何らか応える機運が生まれてきている。
トヨタ自動車などは、年間一時金205万円、定期昇給分に当たる「賃金制度維持分」の月額7300円をめぐっての「春闘」になる。
春闘といえば、昔は即ベースアップを意味していたがそれは「死語」となり、いまではボーナスが主体。それでも業績の回復が見込まれる企業は、一時金、それに定期昇給実施でアベノミクスに応じようとしているようにみえる。
■スタグフレーションが起こる、とは???
ところで、アベノミクスによる「賃上げ要請」について、スタグフレーションなるという説があるのには少々驚かされた。
――アベノミクスによる景気回復はなく、「賃上げ」で原価などコストアップとなり、不景気下のインフレがもたらされる、というのである。
具体的に、「賃上げ」で先陣を切ったローソンの事例で考えてみたい。
ローソンはボーナスを3%上げ、内部留保を原資に4億円を充当する、としている。
ボーナスの原資となるローソンの内部留保、つまり(繰越)利益剰余金は1165億円(12年11月)かなり高水準、巨額の利益剰余金である。
利益剰余金は、もともと稼いだ利益を社員たちに給料・ボーナスで報いるか、株主たちに配当などで報いるべきところを我慢してもらったから、残ったおカネだ。利益剰余金は、かつての高度成長期には、設備投資などに充当されたのだろうが、いまはそれもない。
ひたすら利益を膨大に計上して、ひとり会社に「分配」したおカネである。
ところで、ローソンの3%ボーナス増の4億円だが、同社の利益剰余金1165億円のたった0.34%にすぎない。ローソンがせっせと蓄えてきた巨額な利益の1%以下のおカネをボーナスとして社員たちに還元する――。
確かに、他の大企業の“様子眺め“に比べれば、先んじたローソン・新浪剛史社長の決断はほめられてよい。
だが、実体からみれば、利益剰余金の0.34%の「賃上げ」は、少し恥ずかしいというか、少なくともあまり威張れたものではない。それも一方の事実である。
このニュースのなかで、新浪社長が前面に出なかったのは、新浪社長のスマートさから、ではないか。
そうしたいまの「賃上げ」の事実から見て、コストアップによるスタグフレーションが起こるだろうか。それはどこから考えてもありえないに違いない。
景気回復が先か、「賃上げ」が先か、確かに巨額の利益剰余金があるとしても、経営サイドとしては悩ましい問題だ。
「気」は変わったが、「景気」は厳しくいえばまだ気迷い段階――、そんなこんなでこの如月も暮れようとしている。(経済ジャーナリスト&評論家・小倉正男=東洋経済新報社・金融証券部長、企業情報部長などを経て現職。『M&A資本主義』『トヨタとイトーヨーカ堂』(東洋経済新報社刊)、『日本の時短革命』(PHP研究所刊)など著書多数)(情報提供:日本インタビュ新聞社=Media-IR)
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