新旧チャンピオンが創り上げてきた名車とは

2013年1月28日 11:00

 昨年、全日本トライアル選手権を7戦全勝で飾り、自身が持つ史上最多チャンピオンの記録をまた1つ塗り替えて通算11度目の王座に輝いたのがチーム・黒山レーシング・ヤマハの黒山健一選手。この前人未到の記録を打ち立てたマシン「TYS250F」の開発者が、1973年の全日本トライアル選手権初代チャンピオンであり、現在、ヤマハ発動機<7272>のMS開発部に所属している木村治男氏で、スーパーバイザーとして1年間、黒山選手のチャレンジとその偉業を支えてきたという。

 「勝てば勝つほど、周りは『勝って当たり前』という感覚になります。そこが僕にとっては一番のプレッシャーでした」と黒山選手が言えば、木村さんも「マシンが彼の足を引っ張るわけにはいかない。やはり、緊張感がありました」と振り返る。そして「喜びよりも、うーん、やはり(周囲の期待に応えることのできた)安堵感のほうが大きいですね」と声を揃えた。互いに頂点を極めた経験を持つ2人だけに、そこには、あうんとも言える独特の呼吸があるようだ。

 岩や崖をよじ登るトライアルマシンの開発は、ライダーと技術者の感性のぶつけ合いのような作業が繰り返されるという。「僕が木村さんに伝えるのは、『バーっとなって、ドドドってくるから走りにくい』とか、そんな感じ。こういう言葉のやりとりって、純粋なエンジニアの方には伝わりにくいと思うのですが、木村さんはライダーとしても頂点に立ったことがある方なので、すべてを理解してくれる」と黒山選手。一方の木村さんも「確かに特殊なコミュニケーションかもしれませんし、それが我われの強みになっていると思います。でも、黒山選手が連発する感覚的な擬音も、彼の走りをじっくり見ていさえすれば正確に理解できるものですよ」と語る。

 互いに対する信頼感と、ライダーとしてのフィーリングで結ばれた黒山選手と木村氏。それぞれの存在について黒山選手からは「相棒」、木村さんからは「ライバル」という異なる答えが返ってきた。「年齢も経験も重ねた木村さんを『相棒』というのは失礼な物言いかもしれませんが、二人三脚で同じ山を登ってきたという実感からこの言葉以外には思い浮かばない」と言う黒山選手に対し、木村さんは「最高のライダーが求めるマシンに近づけたい、という気持ち。それから『ライダーばかりにいいかっこさせないぞ』という意味で、やはりライバルですね」と笑う。

 それぞれの立場で頂点を狙う2人の新旧ライダー、40年の時を繋ぐ歴史的な二人三脚となる2013年、新たな記録に期待したい。

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