株主優待で株主も社会貢献?
2012年9月3日 11:00
株主優待で寄付ができる企業が増加中
株主への「株主優待」と言えば、たとえば航空会社なら航空券、デパートならお買物券、食品会社なら自社製品の詰め合わせがもらえるような特典がまず思い浮かぶ。上場企業の多くは個人投資家にアピールしようと株主優待制度を設けており、地味な素材メーカーでも株主にコンビニや飲食店で使えるプリペイドカード「QUOカード」を進呈したりしている。
個人投資家の中にはそれを専門に狙う「株主優待マニア」がいて、株主の権利確定日が集中する3月、9月のシーズン前にはマネー雑誌で「株主優待特集」が組まれたりする。マニアにとって日本航空は昔から最高においしいターゲットで、金券ショップでの換金性も抜群だった日航の株主優待航空券をゲットしようと、9月19日の東証へのカムバックを心待ちにしている。その株主優待を、株主が買い物や旅行を楽しんだり、換金したりするのに使うのではなく、社会福祉団体や環境保護団体など社会貢献活動を行う団体に寄付できる制度が、上場企業の間で静かに広まっている。
たとえば、保有株100株ごとに1000円のQUOカードがもらえる株主優待制度を設けている上場企業が新たに、株主がQUOカードを受け取る代わりにその金額分を寄付できる制度を設けて、株主からの事前の申込みを受け付けるようなケースである。株主優待を寄付できる制度を設けている上場企業数は、野村インベスター・リレーションの調べによると2010年が39社、2011年が65社、今年7月末現在で74社となっていて、東日本大震災をはさんだ2年間でほぼ倍増している。
今年、1億円以上が集まったメガバンクも
「株式投資でカネ儲けしようとする人に、寄付するような奇特な人がいるわけがない」。そう思うかもしれないが、個人株主は利殖目的で保有しているとは限らない。株を相続して売るつもりがない人もいるし、従業員持株会で積み立てて株主の権利を得た人もいる。そんな人が、配当金のおまけのような株主優待で数千円程度の金券や記念品をわざわざもらうぐらいなら、その分を寄付しようかと考えてもおかしくはない。それは法人株主で、メーンバンクや主要取引先や関連会社など、その株を売ることはまず考えられない安定株主にカウントされる企業も同様だろう。
株主になった経緯はともあれ、株主優待の寄付は意外なほど多く集まっている。たとえば、三菱UFJフィナンシャル・グループの場合、今年から始めた株主優待の新メニュー「MUFG・ユネスコ協会 東日本大震災復興育英基金」への寄付に総額約1億150万円が集まった。同社の場合、ピーターラビットのオリジナルグッズとの選択制にしたところ、約6万人が寄付のほうを選択した。今年3月末時点の株主数は約72万人なので、8%強の株主が寄付を選んだことになる。株主1人平均1700円足らずでも、6万人も集まれば1億円を突破する。寄付金は、東日本大震災で両親か片親を亡くした小・中・高生に、一時金10万円と高校卒業まで月額2万円の奨学金を支給するのに使われる。株主優待からの寄付1回分で、新たに約300人分の奨学金を1年間、支給できる計算になる。
日清食品ホールディングスでは昨年、全株主の7%にあたる3001人が寄付を選択し、599万1500円が集まった。東日本大震災の被災者支援と、国連WFP協会を通じて「世界の飢餓と貧困の撲滅基金」に回される。明治ホールディングス、小林製薬、JTなども実績をあげている。バンダイナムコホールディングスは今年から株主優待の選択制を導入し、寄付も選べるようにした。公益社団法人セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンを通じて東日本大震災の被災地の子どもたちへの支援に使われる予定である。同社が面白いのは、寄付の総額がもし1000万円に満たなかった場合、差額を会社負担で埋め合わせしてきっちり1000万円に揃えて寄付すると公言している点で、初年度だけに寄付がいくら集まるか測りかねているのかもしれない。
それは日本の贈答文化と欧米のチャリティー文化の融合か?
だが、株主優待で寄付を選べる制度も、「企業の社会貢献活動(CSR)」という言葉もまだなかった時代から、保有株の株主優待でもらったものを福祉団体などにそっくり寄付し続けていた企業はあった。都心部の金券ショップに並ぶ株主優待券の供給元は、そんなルートが少なくないという。企業が直接換金してから現金を寄付するといったん雑収入に計上しなければならないが、モノとして寄付すると特に経理処理を行う必要はなく、手軽にできるからである。
大企業の本社が集中する東京都千代田区にある社会福祉法人、千代田区社会福祉協議会(ちよだ社協)には毎年、区内の企業が大量に受け取った株主優待が寄付されて集まってくる。その換金額は2008~2010年度は約1億円にのぼり、デイサービスセンターやファミリーサポートセンターの運営など地域の社会福祉に役立てられていた。もっとも、2011年度はその寄付が東日本大震災の被災地支援のほうに回ったため、大幅減額になっている。
その東日本大震災は、株主優待に寄付による社会貢献を取り入れる企業が倍増するきっかけになった。現在の寄付先には震災がらみの被災者支援や奨学金が目立つ。カゴメ、カルビー、ロート製薬の3社によって設立され昨年12月に認可を受けた「公益財団法人みちのく未来基金」も、その一つ。同基金は震災遺児が大学や専門学校に進学するための奨学金を支給しているが、ロート製薬の株主が株主優待について「社会貢献活動への寄付コース(5000円分)」を選択した際の受け皿の一つになっている。
震災後、結婚式の引出物の一部や葬式の香典返しの一部を義援金に回す動きが盛んになったが、株主優待を寄付に回す動きもそれと無関係ではないだろう。だが株主優待に対する考え方はいろいろで、個人投資家の中には、欧米にはこの制度はないから、廃止してその分、配当金を上乗せしてほしいと言っている人もいる。お中元やお歳暮のような日本古来の「贈答文化」の変種で、国際的に通用しないとみている。
もっとも、その欧米社会にも教会のバザーや慈善団体にモノやカネを寄付して、それが困っている人たちへの援助に使われる「チャリティー文化」はあり、プレゼントされたが余っているモノも寄付に回されている。異なる文化は摩擦を起こすこともあれば、融合して新しい文化を生み出すこともある。株主優待で寄付をする。それは、カネ勘定の世界から距離を置き、日本の贈答文化と欧米のチャリティー文化が融合したニュータイプの社会貢献として、ひょっとしたら今後、国際的に注目されるかもしれない。