本に載らない現場のノウハウ-中小企業の人事制度の作り方:第5回 人事制度のコンセプトを考える
2012年8月8日 10:41
いよいよ人事制度を構築するための、実際のプロセスに入っていきます。まず始めの一歩として、「人事制度のコンセプトを考える」というところからご説明していこうと思います。
■実は最も大事な「人事制度のコンセプト」
皆さんが人事制度作りといって思い浮かべるのは、制度そのものをどんな構成にするのか、仕組みをどうするかというところだと思います。当然制度の目的はあるでしょうが、そこで出て来るのは「仕事内容を具体的に示す」「公正に評価できるようにする」「コミュニケーションを円滑にする」などというようなものが多いようです。しかし、人事制度の本来の目的は「人的資源(人材)の活性化を図る」ことで、“具体的”とか“公正”というのは、それを実現するための手段にすぎません。
人事制度のコンセプトとは、この本来の目的に近く、もう少し前段の部分を含めたところで、「人事制度の理念」「人事制度の土台」というのが最もしっくりくると思います。私が人事制度構築をお手伝いする際に、最も重視しているプロセスは、この「制度のコンセプト作り」です。
実際に人事制度構築を行うにあたって、だいたい初めに出て来るのは「もっと給料に差がつくようにしよう」とか「年次に縛られず昇格昇進ができるようにしよう」とか、「職務基準を作って仕事内容を具体的に示そう」とか、いきなり各論の話になることが、私の経験上でも多いです。
しかし、人事制度の本来の目的である「人的資源(人材)の活性化を図る」に照らしたとき、例えばなぜ給料に差がつくようになると、人材が活性化するのでしょうか?
給料に差がつくということは、当然勝ち組と負け組ができるということで、社内で競争しなければならないということです。そうなると勝ち組は活性化するかもしれませんが、負け組には逆の効果を生むかもしれません。競争心の強い人しか残れない職場になるかもしれないし、個人の競争を煽ることによって、チームで動くことがおろそかになるかもしれません。
意図した効果と違った現象が出てきて、その現象に向けた制度改訂をモグラたたきのように繰り返す・・・なんてことが非常に多く見られます。
こういうことが起こる最も大きな原因は、制度の根幹となる基本コンセプトを持っていないため、目的と手段が混同されて、目先の現象に対する付け焼刃的な対応を繰り返すことにあります。要は土台がない、理念が共有されていないために、講じる手段、対策に「軸」というものがないのです。
私が「人事制度のコンセプト」を重視するのは、こんなところに理由があります。
■「人事制度のコンセプト」とは?
そこで、「人事制度のコンセプトって何?」ということですが、一言でいってしまうと「人事制度を通じて、どのように人的資源の活性化を図るのか」「活性化された状態とはどんなイメージなのかを共有する」ということです。
どんな会社でも、それが明文化されているか否かにかかわらず、何らかの“経営理念”はお持ちであろうと思います。そしてその“経営理念”に基づく“経営計画”や“事業計画”、“業績目標”など、目指すところがあるはずです。
これを実現するために、人的資源(人材)という切り口で、「どんな人材が必要か(人材要件)」「何が成果でどんな行動が必要なのか」という部分を考えたもの、それが「人事理念」「人事制度のコンセプト」ということになります。
「どんな仕事ぶりの」「どんな行動をする」「どんな性格の」「どんな職業観を持つ」人材が望ましいのかということで、「会社として望ましい人物像」といってもよいでしょう。
例えば、「その場の状況を自分で判断して、どんどん仕事を進めていくような人材」がいたとします。
ある組織では「自律性がある」「判断力がある」「仕事のスピードが速い」と高い評価を受けますが、別のある組織では「上司の判断を仰がない」「独断的である」「根回しができない」など、好ましくない人材とされてしまいます。
これは良い悪いでなく、それぞれの組織が自社の仕事の進め方において、それなりの期間で作り上げてきた組織の持っている特性です。「自律人材」というような言葉は、多くの企業で出てくるキーワードですが、そのイメージするところは組織によって全く違います。
ここを共有しない限り、人事制度の仕組みなどは、本来考えられるはずがありません。しかし、実際にはおろそかにされているのも実態です。
皆さんが人事制度作りを始めるにあたっては、最初はこの「人事制度のコンセプト作り」というプロセスに、十分な時間を使って頂くことが必要であろうと思います。
■「人事制度のコンセプト」が考えられない理由
ただそうは言っても、特に中小企業では、この「人事制度のコンセプト」がなかなか考えられない事態が往々にしてあります。これは経営理念や事業計画など、上位の理念や計画が抽象的だったり、もしくは無かったりして、そこから連鎖するべき「人事制度のコンセプト」が作れないという状態です。担当の方から「うちの経営者は・・・」「うちの管理職は・・・」といったお話を聞くことがあります。
もちろん経営者や管理職が、上位の理念をみんなで共有できるように打ち出してくれるのが一番良いのでしょうが、他人に言われて「ハイそうですか」と作れるほど、そう簡単には行きません。
そんな時どうするか・・・。
私は「人事の理念だけでも自分たちで打ち出してしまえばよい」と言っています。経営者に話を聞くなり、提示されているものがあればそれを読み込んでみるなり、上位の理念を理解する努力をした上で、そこからのつながりで、自分たちで「人事理念」「人事制度のコンセプト」を考えれば良いということです。
本来の順序、あるべき姿とは違っても、「人事理念」「人事制度のコンセプト」をまとめることで、“経営理念”がより明確に捉えられるようになったり、人材のタイプと事業の方向性の整合が図られたりと、全社的な認識共有が促進されたり、上位理念を見直すきっかけになったりというケースもあります。
「うちの経営理念は抽象的でわからん」などと批判せず、今あるものをベースにまとめてみると良いと思います。
■「会社として望ましい人物像」を共有しよう
人事制度を作るプロセスとして、「人事制度のコンセプト作り」の重要性はご理解いただけたと思います。これは「会社として望ましい人物像を共有する」という作業でもあります。ここをしっかり押さえておかないと、「自発行動を重視」といいながら、事細かな決まりで縛っていたり、「教育が大切」といいながら何の仕組みもなかったり、そんな矛盾がどんどん出てきてしまいます。
エッジの効いた個人が良いのか、協調性に優れたチームメンバーが良いのか、どちらが経営理念により合致し、事業計画の達成や業績向上に貢献できるのか、「会社として望ましい人物像」を共有していれば、人事制度の性格づけもおのずと決まってきます。
いきなり仕組みの話をするのではなく、まずは「人事制度のコンセプト」を考え、みんなで共有することから始めれば、結果的によりよい人事制度につながります。
どんなことでも初めが肝心。まずは「会社として望ましい人物像」を関係者でじっくり話し合うことから始めてみて下さい。
次回も、引き続き人事制度を作るプロセスを、順を追ってお伝えしていこうと思います。