本に載らない現場のノウハウ-中小企業の人事制度の作り方:第4回 中小企業の人事制度の目的-まとめ

2012年7月13日 12:29

 今回は人事制度の目的についてのまとめとして、必要な視点や考え方についてご説明していこうと思います。

■ルールで縛らないと動かない?
 私が人事制度構築や制度改訂のお話を頂く時、「誰がやっても同じになるように、できるだけ細かく詳細に作ってほしい」と依頼されることがあります。「うちのマネージャーたちは意識が低いから、制度で決めないと動けないんだよ」などとおっしゃいます。

 確かに制度化する目的として「標準化」「基準作り」という要件はありますが、細かく規定すれば果たしてそれが達成されるのでしょうか。

 私の経験でいえば、答えは残念ながらNoです。変化が激しい今の時代に、ビジネス上で起こり得ることを、すべてパターン化することは不可能だからです。

 これはある大手企業でのお話ですが、「公正な評価のためには仕事内容を具体的で詳細に記述した職務基準書が必要である」との考えのもと、社内で詳細な職務調査を実施し、全精力を傾けて職務基準書の整備を行ったそうです。ドキュメントの量も膨大になり、結果として3年近くの歳月を要してようやく日の目を見たそうですが、実際に使おうとすると、組織変更やシステム変更で仕事のやり方が変わっていたり、業務自体が無くなっていたり、新たな仕事が増えていたりと、すでに実態と乖離してしまっていたそうです。

 何とか実態に合わせて職務基準書を直そうとしますが、限られた人員での作業で、なおかつドキュメント量も多いので、そう簡単にはいきません。またそうこうしているうちにも、現場の職務内容は変わっていきます。

 結局その会社では、会社として普遍的と見られる職務内容についてのみ、共通理解ができる範囲で職務基準を定め、変化していく部分は制度を運用する中で、関係者同士がその都度調整していくことにしました。せっかく精力を傾けて作成した膨大な職務基準書は、あまり活かすことができない結果となってしまいました。

 これは極端なケースですが、人事制度作りにおいて、このような事例は往々にしてあります。よくスポーツの世界で「個人か?組織か?」という事が言われ、結局はこのバランスが大事でどちらかに偏り過ぎてはダメだと言われますが、人事制度もこれと同じような事がいえます。

 例えば野球やアメフトのように、ワンプレー毎にベンチから指示が出せるような競技であればまだしも、サッカーやラグビーのように、ゲームが始まったら多くの部分を選手自身が判断しなければならない競技では、すべてをパターン化して事前に教え込もうとしてもそれは難しいことでしょう。

 業種や仕事内容によって差はありますが、ビジネスの世界では圧倒的に後者のケースが多いはずです。人事制度を作る上での認識として、こういう部分は理解しておく必要があるでしょう。

■制度に期待し過ぎない
 人事制度整備のきっかけとして見られるのは大きく二通りで、会社の規模拡大や組織化の必要性に伴って、新たなステップを考えての場合と、すでに運用している人事制度はあるものの、方向性が合わなくなった、思ったように機能していないなど、実態との不整合が生じてきた場合のいずれかです。

 そんな中で特に中小企業の場合、制度を作ったり変えたりするということで、何かすべての問題が解決する、画期的に変わるなど、効果を過度に期待していることがあります。比較的歴史の浅い企業にも同じ傾向があります。

 これは、多くの中小企業ではいろいろなことが属人的に動いていて、仕組み、制度を作って動かすという経験が必ずしも多くないという点があろうかと思います。出てきた課題に対して、その原因は「制度がないから」「制度が悪いから」と考え、「制度を直せば解決する」と捉えていることが多いと感じます。

 特に人事制度の場合、対象としているのは「人」なので、最後の部分は個人の感情にまでつながってきます。制度で決まっているといったって、自分の役割や評価や給料について、それだけで納得できるわけがありません。

 誰が評価したか、どんな説明をしたか、話す姿勢や態度、評価する側とされる側の人間関係、その他いろいろな要素によって、制度がもたらす効果は変わってきます。毎回機械的に同じように対応しても、反応は違ってきます。「人」が対象ということで、運用面に左右される要素が大きいのです。

 人事制度は、できたところで初めてスタートになるという認識を持っておくべきでしょう。

■“使えない”、“使う気になれない”では意味がない。
 ここまでのお話でおわかり頂けると思いますが、人事制度はそれを使って、機能させて初めて意味を持つものです。

 私は人事制度というのは、企業にとっての自己管理のルールだと考えています。ダイエットや健康づくりに例えれば、人事制度は事前計画、トレーニングプログラムにすぎず、実際の効果を得るにはそれをどうやってこなしていくかに尽きます。

 もし効果が出ないからと言って、トレーニングプログラムだけの見直しだけということはないはずです。やはり継続して取り組むことができなければ意味がないし、そのためには体力に見合ったプログラムと、続けていくための工夫が必要です。

 人事制度もこれと同じです。「他社でやっている」「本に書いてあった」「こうあるべき」ではなく、自分たちの身の丈に合った目標に基づく制度、つまり継続した取り組みが可能な制度を考えて頂きたいと思います。

■本当の目的を見失わないこと
 人事制度の最も重要な目的とは「重要な経営資源である“人材”を活性化する」ということで、その目的達成を仕組みの面で支援するということです。制度はあくまで道具であり、「使ってナンボ」のものです。

 もう少し具体的にすると、例えば
・仕組みに則ってやることで個人差をなくし、公平さを保つ。
・マネジメント能力の不足を仕組みで助ける。
・人事制度の運用を通じて、人と向き合う習慣をつける。
・人材育成に対する意識を喚起する。
などということがありますが、これらがいつの間にか、本来の目的と置き換わってしまっている場合があります。

 「公平さを意識しすぎて、画一的な冷たい対応や悪平等を生んでいる」「“これは決まりだから”と言って説明を省いてしまう」「制度運用がマンネリ化し、単なる作業と化している」など、決まった通りにこなすことが主眼になってしまい、それではかえって人材の活性化を妨げることになってしまいます。

 これを防ぐには、常に状況を見ながら、それが制度の問題なのか運用の問題なのかを切り分け、それらに応じた対策を行っていくことしかありません。そしてその対策を考えるにあたっては、「人材を活性化する」という本来の目的を常に念頭に置いておく必要があります。

 ともすれば「制度通りにやらせる」ことばかりが先行しがちな人事制度。「本来の目的が何なのか」はくれぐれも忘れないで頂きたいと思います。

 次回からは、人事制度を作るプロセスについて、順を追ってお伝えしていこうと思います。

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