本に載らない現場のノウハウ-中小企業の人事制度の作り方:第1回 中小企業に人事制度は必要か?
2012年4月3日 10:55
■はじめに
私がお手伝いする機会が多いテーマの一つに、「中小企業の人事制度作り」があります。
「人事制度」は、一言で言えば、“社員の処遇などを制度化、体系化すること”です。どんな会社でも社員の処遇に関する決まりは、就業規則をはじめとして何か必ずあるはずですが、これらを体系的につないで、仕事の効率化、生産性の向上、会社と社員の良好な関係作りなどを図るものです。
中小企業で人事制度を作るにあたっては、社内で取り組むことがほとんどでしょうが、参考にした事例が自社に合わなかったり、運用してみたら予想外の事象が起きたり、社員の反発があったりと、なかなか思い通りに進まないことも多いのではないでしょうか。
このコラムは、中小企業での人事制度作りにあたって、書籍などにはなかなか載っていない現場での事例、実務上のエピソードなど、中小企業ならではの事情を交えて、皆さんの会社での取り組みの参考にして頂こうというものです。
「そうか、こんなことも起こるのか」「なるほど、こんなやり方もあるのか」といった、小さな気づきが提供できればと思っています。
■人事制度って必要ですか?
私が中小企業の経営者の皆さんにお話をうかがう中で、「人事制度」に問題意識や興味をお持ちの方と、そうでない方は半々でいらっしゃいます。
人事制度は必要ないという方がよくおっしゃるのは、「俺がちゃんと見て全部わかっている(まだ見通せる規模である)」「臨機応変な経営判断ができなくなる(決まりに縛られたくない)」など、経営者がその時々の状況で、自己裁量で判断できる余地が狭まると考えているようです。「仕組み通りに動けるほど安定していない(不満の種になる?)」と心配する方もいます。
また、制度が必要という方でも、「マネージャーが力量不足なので、細かく仕組みで決めてやらないと動けない」など、ルールを決めることが主眼の方もいらっしゃいます。
これらは経営者の考え方としてはそれぞれアリだと思いますが、問題は社員の側がこれをどう感じているかです。「ちゃんと見てくれているから安心している」「まだ力が足りないので、決まっていた方がやりやすい」と思っていれば良いですが、「その時々で言うことが違う(基準が違う)」「自分たちの裁量を認めてくれない」「きちんと見てくれていない」と思っているとしたらどうでしょうか。
程度の差はあれ、経営者と社員の間には、何らかの認識ギャップがあるのが普通だろうと思います。
ここから言えるのは、やはりどんな規模の企業であっても、この認識ギャップを埋めるために「人事制度」は必要であり、さらにその中身は各社各様で違うということです。
中小企業で「人事制度」というと、何か大げさなものと捉えて「うちには必要ない」と言われることがありますが、小さい会社だからこそのやり方があります。
私の経験ですが、社長がご自分の裁量で全社員の給与を決めているような会社で、社長に「どんなところをどんな優先順位で見て給料を決めているのか」を細かくインタビューし、それを整理するだけで評価制度にまとめたことがあります。要は経営者が感覚的に思っていたことを言語化、資料化しただけなのですが、その会社はそれで十分に機能し、社長が無用な苦情を受けることもなくなりました。
「人事制度」をあまり難しく考えすぎないことも必要ではないでしょうか。
■中小企業こそ自社主導でオリジナルを作ろう
先に述べたとおり、中小企業で人事制度を作る場合、できるだけ自社内で取り組もうとすることがほとんどだと思います。しかしいろいろ調べるものの情報が多すぎて、とりあえず目についた他社事例をそのまま使ってしまうなんてことがよくあります。実際に運用してみても、それが自社に合っているのかどうか、イマイチ判断できなかったりします。
また、社外に依頼するとしても、私たちのような人事制度を扱うコンサルタントはたくさんいます。経験も考え方もまちまちで、誰がどうなのかはわかりづらいものです。
私の立場でいうのも何ですが、実際のところ、難解な使いづらい制度を作ったり、自分の考えを押し付けたりするコンサルタントがたくさんいるのも事実で、「せっかくお金をかけて作ったのにうまく使えない」なんてことが多々あります。
私が中小企業の人事制度作りでお勧めするのは、「あくまで自分たち主導でオリジナルの制度作りをすること」です。
私は人事制度作りのご依頼を受けた時、できるだけ多くの社員を対象に詳細なヒアリングをしますが、これは社内の事情をできるだけ細かく知るためです。可能な限り、個々の性格や社内の人間関係までも観察します。そうでないと、その会社に合った制度は作れないからです。
その点、社員であれば、そんな事情をあえて聞き直す必要もありません。中小企業であれば、社員同士の距離が近いのでなおさらでしょう。社内事情の本当のところは社員しかわかりません。そのあたりを理解しているということは、人事制度を作る上ではとても重要な事です。
もう一つ、実際に制度を運用する上での納得性の問題があります。大企業の場合は組織全体が見通しづらいですから、自分の知らないところで決まったことでも、それなりに受け入れて取り組むことに慣れています。多少合わない部分がある制度でも、現場がそれなりに適応して運用できてしまうところがあります。
これが中小企業となると、会社全体に目が届くこともあり、「自分が関与しないで誰かが決めたこと」には納得しづらい傾向があります。ひとたび「この制度はダメだ」などと思ったならば、それこそ非難ごうごうで運用どころではなくなってしまいます。
これを防ぐには、“関係者を制度作りのプロセスに参加させること”です。人事制度のように一律の正解がない事柄は、答えを出すまでのプロセスを理解しているか否かで納得感が大きく違います。
このあたりが、中小企業ほど「自分たち主導で作るオリジナルの制度」が望ましいという理由です。
ただ一方で、中小企業の場合、自社で積み重ねた経験やノウハウは、残念ながら大企業に比べて少ないです。「人事制度」は各社各様で正解がないといいながらも、こうすれば60~70%はうまくいくだろうという原理原則はあります。(先人の知恵、経験ともいえます)このあたりを補足するのが、多くの「人事制度」に関する書籍や資料であり、社外の専門家たちが持っているノウハウということになります。
「自社主導でオリジナルの制度を作ること」を基本に、必要に応じて様々な文献や、自社のことをよく理解した社外リソースを活用することが、自社に合った制度を作る上では望ましく、結果的に早道になるでしょう。
「人事制度」は会社が自己管理をするための仕組みです。オリンピック選手と同じトレーニングメニューを組んでも、速く走れるわけではありません。そればかりか故障して今までより走れなくなってしまうこともあります。だからこそ、自分たちのレベルや体力に合わせ、自分たちで決めるべきなのです。うまくノウハウを取り入れながら、「自分たちのことは自分たちでする」という姿勢が最も重要であろうと思います。
次回は、人事制度を作る目的について、お伝えしようと思います。