新型コロナパンデミック:変異株オミクロンによる最良と最悪のシナリオ 東京慈恵会医科大学 浦島充佳【実業之日本フォーラム】

2021年11月29日 10:17

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記事提供元:フィスコ


*10:17JST 新型コロナパンデミック:変異株オミクロンによる最良と最悪のシナリオ 東京慈恵会医科大学 浦島充佳【実業之日本フォーラム】
2021年11月26日(金)、WHOは南アフリカから2日前に報告された新型コロナウイルスの新しい変異株, B.1.1.529を「オミクロン」と名付け、懸念を表明した[1]。今年頭から春にかけてアルファ株、春から夏にデルタ株が世界を席巻してきた。そろそろ新しい変異株が出現しても驚く話ではない。ところが、WHOをはじめ世界が素早く反応したのには訳があった。

一番の理由は、感染拡大のスピードの速さである。南アフリカは3つの大きな波を乗り越え11月半ばまでには落ち着きをとりもどしていた。ところが同国ハウテン州で11月12 日から20日までに採取された77検体のウイルスゲノムを解析したところ、100%がオミクロン株に置き換わっていたのだ[2]。オミクロン株が最初に検知されたのは11月9日であった、言い換えると僅か2週間足らずでデルタ株[3]からオミクロン株に置き換わったことになる。デルタ株の感染力は十分強かったが、オミクロン株のそれはデルタを凌駕するということだ。 二番目の理由は、オミクロン株のスパイク蛋白を規定する遺伝子変異数の多さだ。アルファ株、デルタ株でさえキーになる変異は1か所ないし2か所であった。対してオミクロン株では30か所以上の変異が人の細胞に感染する際重要になるスパイク蛋白を規定する遺伝子配列内に見つかったのだ。これだけ変わるとスパイク蛋白の立体構造も大きく変化する。

そうなれば、免疫細胞がスパイク蛋白抗原を認識できず、また抗体もウイルスに接着できなくなる。その結果、現行ワクチンや抗体治療薬は効かないかもしれない。更に新型コロナの感染既往があっても再感染する可能性もある。これはゲノム解析から考えられた予想であり、仮説の域を出ない。しかし、実際その可能性を示唆する出来事があった。

カナダから香港に帰国し検疫隔離用ホテルに滞在していた人が、南アフリカ経由で香港に入国し同ホテルの向かいの部屋に滞在していた人からオミクロン株をうつされたのである。この人は2回のファイザー製ワクチン接種を済ませていたにもかかわらず感染したのだ[4]。香港衛生署衛生防護中心は、南アフリカからの帰国者がサージカルマスクを着用せずにホテルの部屋のドアを開けた際に感染した可能性があるとしている
[5]。その真偽のほどは不明であるが、少なくとも直接接触のない2人の間で感染したとしたら、その感染力は極めて強いと考えるべきだ。さらにデルタ株に最も有効なファイザー製のワクチンでさえも歯が立たないかもしれない。オーストラリアでオミクロン陽性に出た2人もワクチン接種済みであった。

三番目の理由は、重症化率が判っていない点だ。11月の南アフリカの新型コロナによる患者数、死亡者数の推移を観ると18日276人であったものが7日後の25日には1,000人になっている。1週間で3.6倍だ。死者数も少し遅れて増え始めている。

南アフリカのフルワクチン接種率(アストラゼネカ、ジョンソンエンドジョンソン、ファイザーが主)は11月24日時点で24%と先進国より低かった。しかし、南アフリカは公共の場での常時マスク着用、夜間の外出禁止、飲食店の時短営業、集会の人数制限、酒類の夜間販売停止等の対策でデルタ株による第3波を抑えてきたし、今も継続している[6]。ベータ変異株のように南アフリカだけで終わるというシナリオもないわけではない。また、オミクロン株の感染力がいくら強くてもめったに重症化しなければ、これはただの風邪だから心配には及ばない。これは最良のシナリオだ。一方、デルタ株と同等、あるいはそれ以上の重症化率で、いままで接種してきたワクチンが無効ということになれば、医療はひっ迫し、大勢の命を奪うだろう。せっかく解除された制限が再び強いられる。振出しに戻るわけだから、これは最悪のシナリオだ。それらを占ううえで今後1か月の南アフリカのデータに要注目だ。

11月27日(土)、南アフリカとボツワナ、ベルギーと香港でのオミクロン感染事例に加え、イギリス、イタリア、ドイツ、イスラエル、デンマーク、オーストラリアでも複数事例が報告された。いずれも南アフリカからの入国者である。さらにオランダでは南アフリカからの便に少なくとも13人のオミクロン陽性者が搭乗していた。風雲急を告げる動きだ。

私はデジャヴを感じた。2020年1月の新型コロナ感染拡大初期、中国武漢からの渡航者に的を絞って新型コロナのPCR検査を実施していた。しかし、そのとき既に自国民の間でも感染は拡大していた。

デルタ株は2020年夏、インドに存在していた。しかし、本格的に流行しはじめたのは今年の春である。その感染力はアルファ株より40~60%強く、武漢で発見された当初の倍(=100%)強い[7]。そのためアルファ株や従来株はデルタ株に取って代わられた。世界にデルタ株が浸透したのが夏だとすると最良のシナリオで1年、最悪のシナリオで3か月の猶予しかない。オミクロン株の感染力がデルタよりも強いとすれば、もっと短期間で世界に広がるだろう。

危機管理では常に最悪のシナリオを考えておかなくてはならない。ということは、勝負は今冬だ。準備はできているか?また、危機管理においては初期対応が肝心だ。事態が最悪でなければ徐々に緩めればよい。イスラエルは海外からの便を全部止めた。2020年春、水際対策が遅れ感染者が一気に流入したことが第1波の一因であった。アフリカ南部の国々だけの入国制限だけで大丈夫か?逐次導入は良い結果を生まない。

浦島充佳
1986年東京慈恵会医科大学卒業後、附属病院において骨髄移植を中心とした小児がん医療に献身。93年医学博士。94〜97年ダナファーバー癌研究所留学。2000年ハーバード大学大学院にて公衆衛生修士取得。2013年より東京慈恵会医科大学教授。小児科診療、学生教育に勤しむ傍ら、分子疫学研究室室長として研究にも携わる。専門は小児科、疫学、統計学、がん、感染症。現在はビタミンDの臨床研究にフォーカスしている。またパンデミック、災害医療も含めたグローバル・ヘルスにも注力している。小児科専門医。
近著に『新型コロナ データで迫るその姿:エビデンスに基づき理解する』(化学同人)など。

[1] Classification of Omicron (B.1.1.529): SARS-CoV-2 Variant of Concern (WHO)
https://www.who.int/news/item/26-11-2021-classification-of-omicron-(b.1.1.529)-sars-cov-2-variant-of-concern


[2] 南アフリカハウテン州で2021年11月12 日から20日までに採取された77検体すべてがB.1.1.529系統であったHeavily mutated coronavirus variant puts scientists on Alert. Nature. 25 November 2021.
https://www.nature.com/articles/d41586-021-03552-w


[3] 11月南アフリカでは95%以上がデルタ株であった。


[4] Heavily mutated coronavirus variant puts scientists on Alert. Nature. 25 November 2021.
https://www.nature.com/articles/d41586-021-03552-w


[5] 香港衛生署衛生防護中心 (Centre for Health Protection, CHP). CHP provides update on latest investigations on COVID-19 imported cases 12388 and 1240
https://www.info.gov.hk/gia/general/202111/22/P2021112200897.ht


[6] SARS-CoV-2の変異株B.1.1.529系統について(第1報)
https://www.niid.go.jp/niid/ja/2019-ncov/2551-cepr/10790-cepr-b11529-1.html


[7] How Dangerous Is the Delta Variant (B.1.617.2)? American Society for Microbiology. https://asm.org/Articles/2021/July/How-Dangerous-is-the-Delta-Variant-B-1-617-2

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