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そんな定時帰宅デザイナーのM山さんと、ある新聞広告を2011年に制作しました。今日は画像を交えながら、その制作過程をお伝えしていきます。
かつて新聞は、家庭で1人1人個別に回し読みされ、通勤電車内でも読まれるニュース媒体でした。2011年時点で宅配新聞は、スマホ、タブレット、PC、TVという4つのスクリーンに情報収集の主役を奪われ、販売部数も下降気味でした。ヤフーニュースで済ませる人が多数派で、宅配新聞はちょっと情弱な中高年向けメディアという枯れた定位置に甘んじていました。
そんな折に、「新聞が活性化する企画を!」というオリエンを朝日新聞社さんから請けました。面白い仕事だけに、当然、社内競合です。私は同じチームのM山さんを誘いました。
広げれば、体を覆える大サイズ。こんな面白い媒体は無いと常々感じていた私は、新聞広告にまだまだローテク企画の可能性を感じていました。とにかく、記事に勝つようなコンテンツ広告を作り、全読者に新聞の価値を承認してもらいたい。目指すリザルトは、この1点でした。
「体感できて且つ実用的、しかも社会課題を解決するような企画を持ち寄ろう。当然、掲載日を意識すること!」という、めんどくさい方針をM山さんに伝え、スタートしました。デジタルと一切連動せずに“新聞自身で己の価値を回復させる”こと。でなければ、コアな新聞読者の同意は得られまいと考え、あえて逆張りしたのです。
■(37)上質で密度の高い情報が交錯した時こそ、企画という未来が見えてくる
1回目の打ち合わせ。お互いに大量の企画を出し合いました。私は、「快感!!肩もみ新聞」というタイトルが付いた「サムネイル(図1)」をM山さんに見せました。「全面に印刷された“初老の背中”を読者の新聞をつかむ手が揉んでいるように見える」企画で、敬老の日の掲載を想定していました。しかし、このままでは体感企画としては不成立。そこで…
「これだと一方的に新聞紙を揉んでるだけなんだよなぁ~ 快感!!にまで至っていない… M山、これ、読者が体感できる参加型にできないかな?」と企画を一晩彼女に委ねました。
翌日、M山さんが示した「改案(図2)」には、東洋医学のツボが紙面全体に配置してあり、指圧できるように仕立ててありました。新聞の真ん中を切り抜き、その穴に頭を通して着用し、上半身のあらゆるツボを揉んでもらう企画でした。
いかにも家族や夫婦の絆が深まりそうなコミュケーションツールです。切ってかぶるというローテクなクラフト感もいかにも新聞ぽい。私は勝利を確信しました。
上質な情報がぶつかり合えば、次に企画という未来が見えてくる。つまり、2人とも適切な情報を備えていたからこそ、この企画が生まれたのです。特定のアイデアが必要になった時に自動的に脳が関連情報を引っ張り出してきてくれる。その確度を上げるためにも圧倒的なインプットが常時必要なのです。
競合で勝ったあとは、一気に構成とディテールを詰めていきます。フルコピーをM山さんに渡し、デザインも詰めねばなりません。まず、キャッチコピー的役割となる企画タイトルは、「破れるまで揉んであげたい 快感!!肩もみ新聞」に即決。
加えて最下部で、「社会で揉まれる、あなたに捧ぐ。11月23日は勤労感謝の日」と押さえることで、企画意図を明文化し、読者の納得度を高める構成にしました。当然、60段スペース(見開き・表裏面)をただのツボ押し企画で終わらせてしまっては芸がありません。
切り抜いた真ん中部分の表面には「使い方の図解」を載せ、裏面は「勤労感謝状」にしました。例えば、お父さん宛てに感謝を表す直筆メッセージを書けるようにしたのです。「肩もみというアクション」と「言葉」で勤労感謝の気持ちを伝える胸アツ企画にこしらえました。
さらに裏面には、読者に使用を促すボディコピーも用意しました。「ご主人を労うための奥様向けボディコピー」と「奥様を労うためのご主人向けボディコピー」の2種類を書き分けて掲載。なんで私だけ、なんで俺だけ、という個々の反発を生まないようにです。
そして、総計53カ所のツボには、ついつい揉んであげたくなる「悲哀なるエピソードコピー」をそれぞれの効能に合わせて1つ1つ書き上げました。ここは思いっきり緩める(ふざける)ポイントです。かぶって揉むアクション新聞という企画意図を正確に理解させながら、読み物としても充実させることでコンテンツの質を高めていきました。
掲載直後、ツイッター等のポジティブな反響も手伝い、家族だけでなくカップルや友人同士で揉み合う現象を生みました。狙い通りです。デジタルでは不可能なコミュニケーションツールとして、一時的ではありましたが、宅配新聞を家庭の主役に、人の手の中に、返り咲かせることに成功したのです。
その後の調査では朝日読者の75%が好印象と示され、日本新聞博物館に作品が展示されました。国内外の賞を多数いただく好結果にも恵まれました。
常時、自己研磨し続けることはクリエイターの大前提。しかし、自分の頭だけで考えられるアイデアレベルでは、そう簡単に未来は変えられない。密度の高いアイデアの原資(情報)を持っている者同士が交錯してこそ、新しいアイデアやサービスが生まれるのです。
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