5年先まで使える広告代理店的プレゼンテーション術 (20)

2019年11月25日 11:49

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 20年前の話です。

【前回は】5年先まで使える広告代理店的プレゼンテーション術 (19)

 「コバヤシくん、表参道駅に行ってみてよ。新しいの、作ったから!」

 師匠であるN島クリエイティブディレクターから急な電話。当時、南青山に住んでいた私はチャリで指示された場所に向かうと、そこには新奇で物騒なポスターが掲出されていました。

 「AIR DOをつぶせ!」

 雲をイメージしているのか。全面ホワイトスペースに、ネガティブアプローチのキャッチコピーが際立っている。かつて見たことのないスキャンダラスなキャッチを受けて、短いボディコピーが続きます。

 「どうなるAIR DO、どうなるニッポン。いま、この国が試されています。」

 AIRDO(エア・ドゥ)の広告です。このボディコピーから、キャッチコピーの「つぶせ!」は、「いや、つぶしてはならない!」という反語であることがわかります。

 当時、AIRDO(エア・ドゥ)は航空業界の規制緩和の動きを受け、「低価格運賃」を武器に道内経済界が出資し、新規参入した期待の航空会社でした。徹底したコスト削減により、大手の6~7割程度の低運賃で開業したのです。

 しかし、すぐに大手3社が「東京~札幌間」の価格を下げて対抗。併せてコスト削減が裏目に出た脆弱な予約システムとサービス不足で多くの機会損失を生み、リピーター獲得が難航しました。このポスターの掲出時には、すでにAIRDOは経営難に陥っていたのです。

 地元の企業を募り新規参入した途端に、体力のある競合他社にやりこめられる。これもビジネスの厳しさだと一言で片付けられぬAIRDOのやりきれなさと、理不尽な社会構造に疑義の一つも唱えたくなったのかもしれません。

■(22)省略された見えない部分が、人を動かす構造になっているか。


 コピー「AIR DOをつぶせ!」と「この国が試されています。」の間には、大きな余白だけのポスター。補足説明するコピーもビジュアルもありません。見落とすぐらい超極小なマスコットキャラクターの熊ちゃんが、ポスターの宙を不安そうな面持ちで飛んでいるだけ。

 「こんな社会のままでいいのか。あなたはどう考えるのか」とストレートに訴えずに、この広告は、「省略」で世間に問いかけたワケです。

 仮に、今の生活者にこの広告を見せたら、「検索・投稿」へと必ず向かうでしょう。航空業界で何が起きているのか。何を私たちに訴えているのか。この広告は、コトの全てを語らずに「省略」することで、その真意を探らせる、読む者たちを動かす構造をとっているのです。

 戦略やアイデアはもとより、当時SNSやWebプロモーションというアクティブな手段がない時代に、ポスターだけで世の中と合意形成を図ろうとした制作者たちのクリエイティビティーと気概は尊敬に値します。私は、これ以上の発信力を持つポスターにいまだ出会っていません。

著者プロフィール

小林 孝悦

小林 孝悦 コピーライター/クリエイティブディレクター

東京生まれ。東京コピーライターズクラブ会員。2017年、博報堂を退社し、(株)コピーのコバヤシを設立。東京コピーライターズクラブ新人賞、広告電通賞、日経広告賞、コードアワード、日本新聞協会賞、カンヌライオンズ、D&AD、ロンドン国際広告祭、New York Festivals、The One Show、アドフェストなど多数受賞。日本大学藝術学部映画学科卒業。好きな映画は、ガス・ヴァン・サント監督の「Elephant」。

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