関連記事
大前研一「日本が突入するハイパーインフレの世界。企業とあなたは何に投資するべきか」
もしアメリカ合衆国大統領トランプ氏が、反グローバリズム、孤立主義といった政策を推し進めれば、世界は分断され、経済危機に陥るでしょう。世界はこれまで多くの経済危機を乗り越えてきましたが、現在、予見されている危機の要因は「政治」です。今、世界でいくつもの大きな変革が起き、経済を不安定にする要因が生まれています。この連載では、世界と日本にどんなリスクがあるのかを大前氏が解説します。
本連載では、大前研一さんの書籍「マネーはこれからどこへ向かうか『グローバル経済VS国家主義』がもたらす危機」(2017年6月発行)を許可を得て編集部にて再編集し掲載しています。
外交・内政とも多くの課題を抱える安倍政権のゆくえ
安倍政権は外交・内政ともに多くの課題を抱えています。
外交ではトランプ氏と日米関係をどう築くか、難しい舵取りを迫られています。
イギリスはEU離脱をめぐる混乱がしばらく続きますし、6月にはメイ首相が仕掛けた解散総選挙があります。
中国との緊張も高まっています。韓国では朴槿恵大統領の後任として文在寅(ムンジェイン)氏が新しい大統領に選ばれましたが、日本との慰安婦問題の合意は破棄すると言っており、韓国との関係再構築という難題が控えています。
内政について安倍首相は成長戦略を強調していますが、いよいよ打つ手がなくなり、カジノを含む統合型リゾート施設、IR(Integrated Resort)が成長戦略の中心という「素晴らしい」展開になっています。
安倍首相は3本の矢に加えて地方創生や労働条件の改善などについて言及していますが、彼の政策の一丁目一番地は憲法改正です。衆議院選挙をもう一度クリアすれば、安倍首相は憲法改正に身を投じるとみられます。
アベノミクスや3本の矢は効果が得られず、新3本の矢に至っては誰も覚えていないという状況です。ちなみに新3本の矢とは、「希望を生み出す強い経済」「夢をつむぐ子育て支援」「安心につながる社会保障」です。
子育て支援としては、希望出生率を1・8としています。フランスでは出生率が瞬間的に2・0に伸びました。これに大きく影響しているのが、40年以上前に行った戸籍の撤廃と、「親子関係上の婚外子の差別撤廃」法の成立です。
フランスでは、長く一緒に暮らしてパートナー関係を築き上げた人たちに配偶者と同様の社会的権利を認めることを法で定めています。出産手当、出産費用の無料化、産休所得補償、ベビーシッターや保育ママの費用負担といった子育て、家族支援も、差別なく受けられます。
日本には戸籍制度があり、婚外子が差別を受けたりする心配から、妊娠したけれど結婚して戸籍に入ることができないときに出産をためらうケースもあります。子どもを産むうえで、「籍を入れる」ことが大きな縛りになっているのです。これは非常に大きな社会問題だと思います。
戸籍制度があるのは日本や韓国、台湾など限られた国や地域のみで、私は20年以上前に戸籍撤廃を自治省(当時。現総務省)に掛け合ってきましたが、政府には全く動く気配がありません。
日本が国債暴落、ハイパーインフレという地獄の入り口に立つ
日銀は物価上昇率2%の目標を掲げていましたが、黒田総裁は目標の達成時期を2018年度中に変更しました。自身の任期である2018年4月より先に目標を置いたのです。普通の国では敗北宣言と認識されるものと思いますが、日本のマスコミはきついことを書くと安倍首相に叩かれるのか、あまり批判するメディアはありません。
アベノミクス3本の矢も、新3本の矢もいずれも結果は出ていません。
これが世界の金融市場からどうジャッジされるでしょうか。もともとアベノミクスの金融政策は世界が認めたわけではなく、「この道しかないというのだからやらせておこう」というムードのもので、結果が出ないことを放置し続ければ、いよいよ世界中から「NO」を突き付けられるでしょう。
アベノミクス失敗を市場が知った時に起こること
アベノミクスの失敗を市場が認知すればどうなるか。
国債は暴落し、日本はハイパーインフレという地獄の入り口に足を踏み入れることになります。
日本の国債がこれまで安泰と受け止められてきたのは、そのほとんどを日本人が購入しているからです。自国の国債が暴落しては自分たちが困りますから、売りに走ったりはしないと考えるのが普通です。
しかし明確に意識して国債を買っている個人は非常に少なく、実際に買っているのは日本の金融機関や日銀です。金融機関であれば、いざとなれば資産を守るために売り逃げに転じる可能性もあります。
海外では日本国民が国債を買っているのだと錯覚し、投げ売りが生じないと考えているようですが、そんなことはないのです。
また最近は外国人の持分も増えています。一気に売りに転じるなど、外国人の取引状況によっては暴落につながる可能性もあり、油断はできません。
via www.amazon.co.jp
マネーはこれからどこへ向かうか 「グローバル経済VS国家主義」がもたらす危機
¥1,600
予測不能な「AT(アフタートランプ)」の経済を、大前研一が読み解く!
大前研一による、「ニュースで学べない」最新経済論。
トランプ政権誕生、イギリスEU離脱、そして欧州にくすぶる政治の火種……。
政治が経済危機を呼ぶ状況のなか、マネーはこれからどの国に向かうのか?
今でも世界を飛び回る大前氏が予測する「危機」の真相とは。
販売サイトへ
世界のハイパーインフレ「コーヒーをお代わりするまでの間に値段があがるような世界」
1990年以降、ハイパーインフレになった国はたくさんあります。
例えばブラジルはインフレ率1000%というすさまじい状況でした。私も見てきましたが、ここまでの事態になると、月の初めに給料を支払わなければ誰も会社に来てくれません。
月の終わりになると、月初めからさらに2、3割通貨価値が下がっているという感覚です。
ついに月給では間に合わなくなって、週給で金曜日に支払うと、今度は月曜日に支払うよう要求されます。
月曜日に給料を支払うと、みんなシティバンクに行って1日帰ってこない。もらったお金をドルに換金するのです。だからブラジルの人は「週4日しか働かない」などと言われていました。
私はかつてインフレ率1万%を経験したスロベニアにも、ハイパーインフレ時に行ってきました。スロベニアの中央銀行総裁になった方から伺った話ですが、友達に手紙を書くのに、大きい封筒でなければ駄目だったと言います。急激なインフレに切手の印刷が追い付かず、びっくりするくらい大量の切手を貼らなければならないからです。
切手の隙間に住所を書き、郵便局へ行くまでの時間にまた郵便料金が上がって、さらに切手を貼るように求められ、裏にもびっしり切手を貼ったそうです。
喫茶店に行ってコーヒーを飲めば、1杯目を注文してから2杯目を頼むまでの間にコーヒーの値段が上がってしまう、ハイパーインフレとはそういう凄まじい世界です。
ハイパーインフレ時代のサバイバル術
次にハイパーインフレへの対応策についてです。
これからの日本の最大の論点は、少子高齢化で借金を返す人が激減する中、膨張する約1000兆円超の巨大な国家債務にどう対処していくのか、という点に尽きます。
私は、このままいけば、日本のギリシャ化は不可避であろうと思います。歳出削減もできない、増税も嫌だということであれば、もうデフォルト以外に道は残されていません。
日本国債がデフォルトとなれば必ずハイパーインフレが起こります。
そのとき、私たちはどうしたらいいのか? そのときのために今からできる対策を述べておきます。
ハイパーインフレで地獄を見る年金受給者
ハイパーインフレになったら年金受給者は大変です。今までハイパーインフレになった国では、年金受給者が地獄を見ました。年金は固定額ですので、今まで20万円だと思っていたお金が、例えば実質2万円の価値になるのです。
ロシアの場合、高齢者が食料品を購入できなくなり、家庭菜園で野菜を育て、それでなんとか7〜8年食いつなぐという状況になりました。
私はハイパーインフレ時のロシアをこの目で見てきましたが、若い人の生活がよくなる反面、高齢者が非常に苦労していた姿が印象に残っています。
例えば、外出先から家まで5〜6キロメートルあるというとき、若い人はタクシーやバスに乗りますが、高齢者はバスに乗るお金もなくて10キロメートルでも歩いていました。それくらい年金受給者(高齢者)の生活は大変になるのです。
対策としては、資産を、キャッシュを生む不動産(好立地のマンション)や株などへとシフトさせることをお勧めします。タンス預金、定期預金などはいずれも紙くずになるだけですから、持っていても意味がありません。
キャッシュフローを生むものは、不動産以外に、都市部での民泊サービスなどがあります。今アメリカなどではAirbnbでお金を稼ぐ人が増えていますが、日本でも訪日外国人の宿泊に占める民泊の比率が高まっているようです。これは相当キャッシュを生む力を持っています。
株を買うなら、生きていくために欠かせない商品、つまり日常必需品を作っている会社に投資するのがいいでしょう。ハイパーインフレのときはいろいろな産業・企業が経営不振に陥りますが、生活にどうしても必要なもの、これだけは残ります。
Photo credit: frankieleon via Visual hunt / CC BY
企業はどう備えるべきか
ハイパーインフレに備えて企業がとるべき経営戦略ですが、やはり銀行に預けているお金は紙切れになってしまうので、手元資金を現金で持っていると地獄を見ます。
国家の借金を紙切れにしてチャラにするためにハイパーインフレが起こるわけですから、銀行自体も閉鎖されてしまう可能性があります。そうなれば、銀行にお金を預けている人はもうどうしようもありません。
したがって、少なくとも手元の資金は、外債や外国株に分散しておく必要があります。資金を国内の銀行に入れて、それを担保に将来お金を借りるというような方法は、もう考える必要がないと思います。本当に有効な投資先があるなら、今こそ投資をしてはいかがでしょう。多くの中国人は今、手元資金をビットコイン等にしてどんどん海外に持ち出しています。
企業はとにかく将来に対して積極的に投資をし、M&Aや研究開発に力を入れることが重要です。この先、国内市場が縮んでいくことは間違いないので、伸びている市場に目をつけて新規事業をはじめることをお勧めします。個人も同様に、たとえ5万円でも10万円でも、お金を分散投資することです。
若い世代は「稼ぐ力」を磨け
ハイパーインフレが起これば当然企業のリストラも増えますので、個人は「稼ぐ力」を磨くための自己投資、個人の能力への投資をしておく必要があります。
これからの時代、能力のある人は必ず賃金が上がります。少し時間がかかるかもしれませんが、有能な人材を雇いたいと思っている国内外の企業は、その人の能力に見合う賃金を支払う新しい給与体系を導入するはずです。
また、ハイパーインフレになれば倒産企業も続出しますが、できる人間は必ず誰かがいい給料で雇ってくれます。
世界のどこに行っても勝負できるようにする力をつけておき、いざとなったら世界へ出て行って世界企業で働ける準備をしておくこと。日本語以外に、1、2カ国語くらいは勉強して使えるようにしておくなど、国外で生活することも視野に入れて、今から様々な準備をしておくことが重要です。
Photo credit: DocChewbacca via Visual hunt / CC BY-NC-SA
私はブラジルのインフレ率1000%、スロベニアのインフレ率1万%と、世界のハイパーインフレをこの目でいろいろ見てきましたが、そんなとき、自分の能力を磨くことに投資していた人は、仕事に困るどころか引く手あまた、という状況になっていました。
そして、最後にみなさんに言っておきたいのは、あまり周りの人の言うことを聞くな、ということです。メディアも含め、みなさんの周りの多くの人は常識的なことしか言いません。
負けるだろうと言われていたトランプ氏が勝ち、世界の金融秩序を変えるかもしれない大統領が生まれてしまいました。ロシアの情報操作のおかげ、とも言われていますが、勝ってしまった大統領(及び、その影響)を今になって除去するのは並大抵ではありません。
ですから、これからの激動の時代を生き抜いていくためには、国やメディアが言うことをそのまま鵜呑みにしないで、自分の頭で考え、自分で判断し、行動する。そして、いつの時代でも、世界のどこでも働けるように、常に自分の能力に磨きをかけていただきたいと思います。
本連載をまとめて読むならこの書籍をご覧ください
2017年6月16日発売
大前研一
株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役社長/ビジネス・ブレークスルー大学学長1943年福岡県生まれ。早稲田大学理工学部卒業後、東京工業大学大学院原子核工学科で修士号、マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、常務会メンバー、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。以後も世界の大企業、国家レベルのアドバイザーとして活躍するかたわら、グローバルな視点と大胆な発想による活発な提言を続けている。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役社長及びビジネス・ブレークスルー大学大学院学長(2005年4月に本邦初の遠隔教育法によるMBAプログラムとして開講)。2010年4月にはビジネス・ブレークスルー大学が開校、学長に就任。日本の将来を担う人材の育成に力を注いでいる。 元のページを表示 ≫
関連する記事
大前研一「分断された世界。『アメリカ・ファースト』はすでに達成されている」
大前研一「FinTechの本質。新しい『信用』のルールが経済を数倍に拡大する」
大前研一「テクノロジー4.0が生む『新しい格差』。得するのは誰か」
大前研一「つながりが生むビジネスモデル『テクノロジー4.0』とは何か」
大前研一「イタリアの狡猾さに学ぶ地方創生。『Made in Japan』ブランド&デザインを死守する」
※この記事はbiblionから提供を受けて配信しています。
スポンサードリンク