【書評】安倍官邸と新聞 「二極化する報道」の危機 /徳山喜雄著

2014年12月2日 07:47

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記事提供元:さくらフィナンシャルニュース

【12月2日、さくらフィナンシャルニュース=東京】

■安倍首相によるメディア戦略で揺れ動く新聞各紙の論調


 世論誘導のからくりを知るためには、マスコミの中心的な位置に君臨する新聞産業の構造がどのようになっているのかを解明しなければならない。結論を先に言えば、日本の新聞産業の著しい特徴は、新聞社の数が少ないにもかかわらず、一社あたりの発行部数が極端に多いことと、記者クラブ制度を通じた情報源との情交関係があることだ。

 たとえば前者の実態を米国の新聞産業と比較すると、全米には新聞社が約1400社あるのに対して、日本には100社程度しかないが、逆に1社あたりの新聞発行部数に関しては、立場が逆転する。読売新聞の約920万部、朝日新聞の約720万部に対して、ウォール・ストリート・ジャーナルは約150万部、ニューヨークタイムスは約80万部である。

 少数の新聞社が巨大部数を独占する日本の新聞産業に見られる構図は、ジャーナリズムとしての新聞という観点からすれば、重大な弱点を孕んでいる。官庁や企業など、重要な情報提供者が、なんらかの方法で新聞社を抱き込むことで、巨大部数を背景とした世論誘導がいとも簡単にできるようになるからだ。

 国家の上層に君臨する者にとって、メディア戦略は常識中の常識になっている。

 実際、安倍晋三首相は政権に復帰した後、新聞社をはじめマスコミの幹部と会食を重ねて、巨大メディアに対する影響力を強めている。とりわけ新聞社との距離は身内のように近くなっている。

 本書は、安倍内閣によるメディア戦略が、実際の新聞紙面にどのように反映されているかを分析したものである。具体例として取り上げているテーマは、憲法、特定秘密保護法、集団的自衛権、靖国神社参拝とNHK会長騒動、原発、アベノミクス、外交など7分野にのぼる。

■各紙論調から浮かび上がるメディア対策


 テーマごとに新聞各社の論調や掲載記事の特徴を比較してみると、視点の違いが明確になるだけではなくて、その背景にどのようなメディア対策があったのかが浮かび上がってくる。

 たとえば米軍と自衛隊による日米共同作戦の文脈から生まれた特定秘密保護法に関する新聞報道である。この法律に関しては基本的には、読売と産経が法律に賛成の立場で、朝日、毎日、東京、日経の各社が批判的な立場を取っている。

 しかし、法律に批判的な後者のグループも、タイミングよく中国の軍事的脅威などをほのめかす記事を掲載することで、軍事大国化の必要性をほのめかし、結果的に特定秘密保護法にこだわる安倍首相を援護している。

 また、朝日が本腰で特定秘密保護法の批判を始めたのは、閣議決定の後だった。批判をはじめる時期が遅れているのだ。本書の著者が指摘しているように、閣議決定が終わってから批判を展開しても、あまり意味がない。これも安倍首相に対する暗黙の配慮かも知れない。

 なぜ、リベラル派の伝統がある朝日が弱腰になったのか?

■首相が新聞社とテーマを選ぶ


 その背景には、本書が問題視しているように、首相による記者会見の方法が変わった事情があるようだ。第2次安倍内閣がスタートしてから、それまで慣行になっていた共同記者会見の方式が改められ、特定新聞社による首相の単独インタビュー方式が始まった。首相が新聞社とテーマを選んで、個別に話をするようになったのだ。

 こうした制度の下では、当然、首相と肌のあわない新聞社は、冷遇され、首相からの情報が取れなくなる恐れがある。表向きの差別はなくても、新聞社は、この点を懸念する。と、いうのも首相からの重要情報が取れなくなれば、他社との部数拡販競争に敗れるからだ。

 特定秘密保護法の問題で、法案に反対する新聞社までが、一定の配慮をした背景に、このあたりの事情があるのかも知れない。

 安倍首相のメディア戦略が最も露骨に表れたのは、特定秘密保護法の運用を監視する有識者会議「情報保全諮問会議」の座長に読売新聞グループの渡邉恒夫会長を就任させた時だった。が、これに対しては、さすがに朝日、毎日、日経、東京が社説などで厳しく批判した。

 新聞社との距離を縮めて世論を誘導しようとする安倍首相。それを拒絶するわけにはいかない新聞社の葛藤は、有形無形のかたちで紙面に反映している。本書は、このような新聞の実態を丁寧にスケッチした力作だ。【了】

黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)/フリーランス・ライター、ジャーナリスト
 1958年兵庫県生まれ。会社勤務を経て1997年からフリーランス・ライター。「海外進出」で第7回ノンフィクション朝日ジャーナル大賞・「旅・異文化テーマ賞」を受賞。「ある新聞奨学生の死」で第3回週刊金曜日ルポ大賞「報告文学賞」を受賞。『新聞ジャーナリズムの正義を問う』(リム出版新社)で、JLNAブロンズ賞受賞。取材分野は、メディア、電磁波公害、ラテンアメリカの社会変革、教育問題など。著書多数。「MEDIA KOKUSYO」(http://www.kokusyo.jp)

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※この記事はSakura Financial Newsより提供を受けて配信しています。

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