【コラム 山口一臣】慰安婦問題の核心は吉田証言とは関係ない!

2014年10月25日 21:01

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記事提供元:さくらフィナンシャルニュース

【10月25日、さくらフィナンシャルニュース=東京】

■政府として国連報告書の修正・撤回を求める意味


 先週に引き続き従軍慰安婦問題である。

 というのも、先週の原稿を出した直後にまたまた驚くべき動きがあったからだ。

 日本政府の正式なスポークスマンである菅義偉官房長官が16日の会見で、朝日新聞がいわゆる「吉田証言」に関する記事を取り消したことを受けて、国連の「クマラスワミ報告」の一部撤回を求めたことを明らかにしたのだ。

 先週、私はこのコラムで慰安婦問題に関する自民党の「決議」と衆院予算委員会での山田宏議員(次世代の党)の質問を紹介した。いずれも朝日新聞が記事を取り消したことで慰安婦問題に関して、「性的虐待も否定された」「謝罪する対象がなくなった」などと主張する内容で、それはいくらなんでも言い過ぎではないかと書いた。

 http://www.sakurafinancialnews.com/news/9999/20141017_2

 ただ、いずれも一政党の決議や一議員の発言の範疇の話だった。だが、今回は内閣官房長官の正式な記者会見での発言だ。

 つまり、日本政府として国連報告書の修正・撤回を求めているということだ。

 ここはちょっと、いや、かなり慎重になっほうがいい。まず、戦時下の慰安所で実際にどういうことが行われていたのか、そして国際社会はなぜこれを問題視しているのか。立ち止まって、事実に即してよく考えないと、それこそ国益を損なうことになりかねない。

■日本の名誉を傷つけたという「ストーリー」


 しつこく繰り返すが、現段階で言えるのは、朝日新聞が過去に取り上げた証言が虚偽だったことを認め、関連記事を取り消した、というところまでだ(ちなみに、朝日以外の新聞は記事取り消しまではしていない)。そのことだけで、慰安婦問題そのものの根底が崩れたと言わんばかりの主張が海外からどう受け止められるか、とても心配だ。

 菅官房長官がヤリ玉にあげたクマラスワミ報告というのは1996年に国連人権委員会に提出された。スリランカの女性法律家、ラディカ・クマラスワミ氏による慰安婦問題に関するレポートだ。

 正式な名称は「女性に対する暴力ーー戦時下における軍の性奴隷制問題に関して、朝鮮民主主義人民共和国、大韓民国及び日本への訪問調査に基づく報告書」という。

 この報告書が日本の慰安婦制度を国際法に反する「性奴隷」と認定し、日本政府に法的責任を認めるよう勧告したため、保守派の人たちからの批判の対象とされている。

 批判の根幹をなす理屈は、「クマラスワミ報告が(朝日が虚偽と認定した)吉田証言を使っているから」というものだ。

 断っておくが、私も国際社会が誤った認識によって日本の評価を貶めているとしたら、それは由々しき問題だと思う。あらゆる機会を通じて修正していかなければならないだろう。だが、そのためにはこちらも「正しい認識」を持たなければならないはずだ。

 いま保守派の人たちが盛んに宣伝しているのは、朝日新聞が吉田証言を紹介したことがクマラスワミ報告に影響を与え、人さらいのような“慰安婦狩り”が行われていたという誤った認識と、「性奴隷」という表現が世界中に広まってしまい、日本の名誉を傷つけたというストーリーだ。これは、保守派の人たちの間では半ば定説のように信じられている。

■吉田証言の紹介は「3行」


 だが、それが事実かどうかは実際にクマラスワミ報告を読めばわかる。ちなみにクマラスワミ報告の全文も、先週紹介したアジア女性基金のホームページにアップされているので、誰でも自由に閲覧できる。ぜひ読んでみて欲しい。

 http://www.awf.or.jp/pdf/0031.pdf#search='%E3%82%AF%E3%83%9E%E3%83%A9%E3%82%B9%E3%83%AF%E3%83%9F%E5%A0%B1%E5%91%8A'

 結論からいうと、クマラスワミ報告に吉田証言が一部引用されているのは事実だが、それは日本語訳でA4判48ページにおよぶ報告書のうちたったの3行分に過ぎない(報告書9ページ)。それも、そういう証言があるということが紹介されているだけの話だ。

 しかも、その証言について歴史学者の秦郁彦氏が異論を唱えていることも併せて明記されているのである(報告書11ページ)。

 〈慰安所が設置された状況や軍の性奴隷とするために女性をどのように集めたかについて、歴史学者から情報を得た〉として、〈千葉大学の歴史学者秦郁彦博士〉が、“慰安婦狩り”が行われたとする済州島で調査をしたが、証言を裏付ける証拠は見つけられなかったということはもちろん、「慰安婦犯罪の加害者は、朝鮮人の首長、売春宿の所有者、少女たちの両親であった」「慰安婦は平均的な兵隊の給料の110倍受け取っていた」という秦氏独自の見解もきちんと紹介されている。

 吉田証言がクマラスワミ報告書の根幹とは言えないことは明らかだ。クマラスワミ氏自身も共同通信の取材に対して「吉田証言は証拠の一つに過ぎない。報告書に修正の必要はない」と語っている。

 http://www.sankei.com/world/news/140905/wor1409050006-n1.html

 ただ、だからと言ってクマラスワミ報告に書かれていることが全部正しい事実なのかというと、ここも立ち止まって考えなければならないだろう。実は1996年当時、日本の外務省がこの報告書に対する詳細な反論文を用意していたことが分かっている。

■外務省が用意した報告書はなぜかお蔵入りに・・


 ところが「内容が細か過ぎる」という訳のわからない理由でお蔵入りになり、いまも非公開のままなのだ。保守派の人たちはこれを公開すべきだと主張しているが、私も検証のためにぜひ公開すべきだと考える。いったい報告書のどこがどう違っているのか、ハッキリさせた方がいい。

 ここは「吉田証言がウソだったのだから報告書も修正すべきだ」という乱暴な反論ではなく、事実を元にひとつひとつ丁寧にほどいていかなければならないだろう。一民間企業の新聞社が記事を取り消したからといって、それ理由にすぐに修正要求を出すというのはいくらなんでも拙速だ。

 クマラスワミ氏が日本の慰安婦制度を「性奴隷」と“決めつけた”最大の根拠は、吉田証言などではなく、聞き取りによって得られた慰安婦たちの被害実態だった。

 〈1日40人も相手をさせられた。抗議すると殴られたりぼろ切れを口に突っ込まれた〉

 〈(工場での仕事だと言われて連れて行かれたが)工場はどこにもなく、わら布団が敷かれ、ドアに番号のついた、小さな部屋をあてがわれる。2日後、軍服を着て帯剣した兵士がやってきてレイプ、外に2、30人の男が待っていた。毎夜、15〜20人に暴行される〉

 〈最初は高級将校の相手、「中古品」になると下級将校の相手に。妊娠を避けるため、妊娠しても流産させるために「606号注射」をうたれる〉

 〈慰安所はたいてい有刺鉄線で囲まれ、警備が厳しくパトロールも行われていた。「慰安婦」の動静は厳しく監視されていた〉

 〈女性の部屋はたいてい裏か二階にあり、狭苦しい個室で、広さはたった91cm×152cm強ということも多く、中にはベッドしかなかった。前線の慰安所では時に、女性は床の布団に寝かされ、寒さと湿気というひどい状態にさらされた〉

 クマラスワミ氏は日本、韓国、北朝鮮の3カ国で元慰安婦ら16人の体験談を聞いている。事実認定の根拠はあくまでも証言ベースだ。ここが悩ましいところである。

■元慰安婦の記憶の変化


 クマラスワミ報告とは直接関係ないが、週刊文春(2014.4.10号)でジャーナリストの大高美貴氏が元慰安婦たちの証言に疑問を投げかけるリポートを発表している。1990年代始めに元慰安婦からの聞き取り調査を担当したソウル大学名誉教授のインタビュー記事だ。

 それによると、元慰安婦たちは当初、日本軍を悪く言う人はほとんどいなかった。それが、時間が経つにつれて変わっていったという。背景には、元慰安婦たちの支援団体で、彼女たちの生活の面倒を見ている運動体(韓国挺身隊問題対策協議会=挺対協)の影響があると指摘している。ありがちな話だと思う。

 大高氏に“告白”した名誉教授はその後、インタビューでの証言を翻したというが、記事を読む限り、大高氏の指摘は説得力がある。

 証言者は時間とともに当然ながら記憶が薄れる。思い込みや勘違いが入り込む余地もある。聞き手に迎合することも、インタビューではよくある話だ。その中で、いったい何が真実なのかを、立場を越えて見極める作業がいまこそ必要ではいか。

 話をクマラスワミ報告に戻すと、報告者のクマラスワミ氏自身も、証言ベースで事実認定していることに対する異論があることは承知している。

 〈にもかかわらず、東南アジアのそれぞれまったく別の場所からきた女性たちが、自分がどうやって徴用されたか、軍や政府がどうかかわっていたかについて一貫した証言を行っていることは疑問の余地がない。これほど多くの女性が自分の目的のためだけに政府の関与の程度について似たような話をでっち上げるなどとは、まったく信じがたいのである〉(報告書7ページ)。クマラスワミ氏は報告書にそう書いている。

 もうひとつ、我々がクワラスラミ報告から読み取るべきは、国際社会が慰安婦問題をどう見ているかという「視座」だ。

 日本政府は第1次安倍政権だった2007年に、

 「政府が発見した資料の中には、軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述も見当たらなかった」

 ということを閣議決定した。これが「強制連行の証拠は見つかっていない」ということの根拠になっている。

 だが、その一方で慰安所の設置・運営に政府や軍や官憲が関与していたことを示す文書はさまざまなものが残されている。これも先に紹介したアジア女性基金のホームページに数多アップされている。

 http://www.awf.or.jp/6/index.html

 「陣中日誌」には、慰安所利用に関するルールなども示されている。例えば、酒を飲んで利用してはいけないとか、武器を持って行ってはいけないとか、避妊や衛生管理の方法に関するきまりなどだ。あるいは、料金表なども残っていて、

 〈支那人、一円
  半島人、一円五十銭
  内地人、二円〉

 などという記述があって生々しい。

■吉田証言はほとんど影響していない


 クマラスワミ氏はこうした文書を分析して、次のように結論づけている。

 〈こうした規則は、戦後まで残された文書のなかでもとくに有罪を示す証拠である。=中略=一見規律正しさとか公正な扱いに見える事柄を押しつけようとしたところに、この慣行の残酷さと残虐性が浮き彫りにされている。これは軍奴隷という制度の途方もない非人道的行為を際立たせるものでしかなく、そこでは大勢の女性が言語に絶する苦痛を伴う状況で、長期にわたって売春を強いられたのである〉(報告書6ページ)

 この問題において吉田証言なるものがほとんど影響していないことがわかる。先週紹介した歴代首相の「おわびの手紙」も、吉田証言とはまったく関係なく出されている。

 http://www.awf.or.jp/6/statement-12.html

 慰安婦問題は80年代以降の国連外交で「女性の権利」尊重が急速に進んだ流れのなかで浮上してきたものだ認識した方がいいだろう。冷静後、各地で起きた地域紛争を契機に「戦場における女性への暴力」という問題も新たに加わった。

 いずれにしてもいま大事なのは、戦時下の慰安所でどういうことが行われていたのかという事実の認定だ。その上で、国際社会はこれをどう見ているのかということを、立ち止まって、感情的にならず、冷静に考えなければいけないと思う。

 本当にこの国が大切だと思うなら「反日だ」「嫌韓だ」などと罵り合っている場合ではないのである。【了】

 やまぐち・かずおみ/ジャーナリスト
 1961年東京生まれ。ゴルフダイジェスト社を経て89年に大手新聞社の出版部門へ中途入社。週刊誌の記者として9.11テロを、編集長として3.11大震災を経験する。週刊誌記者歴3誌合計27年。この間、東京地検から呼び出しを食らったり、総理大臣秘書から訴えられたり、夕刊紙に叩かれたりと、波瀾万丈の日々を送る。テレビやラジオのコメンテーターも。2011年4月にヤクザな週刊誌屋稼業から足を洗い、カタギの会社員になるハズだったが……。

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