【コラム 山口一臣】朝日の記事取消で、従軍慰安婦問題が再沸騰

2014年10月17日 17:11

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記事提供元:さくらフィナンシャルニュース

【10月17日、さくらフィナンシャルニュース=東京】

■前提となる事実認定がバラバラ


 朝日新聞が記事を取り消したことで従軍慰安婦に関する議論がにわかに、そして再び沸騰している。

 この間、さまざまな言説を聞いてつくづく思ったのは、これはすべてのケースを「慰安婦問題」とひと括りにしているところに無理があるのではないかということと、評価・論評の前提となる事実認定がどの立場の人も曖昧、というバラバラだということだ。

 とくに「事実」についてはいま一度、立ち止まって、冷静に、何があったのかを検証する必要を強く感じる。

 なかでも違和感があるのは、かねてより「河野談話」の見直しを主張していた保守派の人たちが、鬼の首を取ったように慰安婦問題そのものをなかったことにしようという空気があることだ。

 例えば、自民党外交・経済連携本部国際情報検討委員会が9月19日に出した「決議」を読んで、正直、目を疑った。そこにはこう書いてあるのだ。

 〈朝日新聞が慰安婦問題などにつき虚偽の報道であったことを認めた。=中略=いわゆる慰安婦の「強制連行」の事実は否定され、性的虐待も否定された〉
 http://www.tbsradio.jp/ss954/20140919ketsugi.pdf 決議の全文

 あるいは、11月6日の衆院予算委員会で次世代の党の山田宏議員がこう質問した。

 「(慰安婦問題について日本政府は)何に謝罪してきたんですか? どういう行為に対して謝ったのか」

 この質問自体は本質を突いた“いい質問”だが、答弁に立った岸田文雄外相の答えが要領を得なかったため、山田氏が続けてこう言い放ったのだ。

 「ダメですね。だって、謝罪する対象はもうないじゃないですか。何を謝るんですか。国がですよ。これまでの内容はウソだったんだから。何に対して謝ったんですかと聞かれたら、そんなのはなかったんですよ。間違いだったんですよと言ってくださいよ」

■吉田証言を再調査


 私はこのやりとりが海外メディアに感づかれないかヒヤヒヤしながら聞いていた。本当に、朝日の記事取り消しでそこまで言っていいのだろうか?

 朝日新聞が取り消したのは、「戦時中に韓国・済州島で“慰安婦狩り”をした」という吉田清治氏なる人物(故人)の“証言”を紹介した記事だった。では、具体的に吉田氏のどんな話をしていたのか。

 新聞のバックナンバーを可能な限り調べてみた。確認できたのは、以下のような内容だった。

 警察官といっしょになって村を包囲し、女性を道路に追い出す。木剣を振るって若い女性をけり、村中がパニックになるなか、トラックに詰め込んだ。

 連行に関与したのは1000人くらい。多くが人妻だった。乳飲み子を抱いた人もいた。子供が若い母親に泣きながらしがみついていた。若い母親の手をねじ上げ、けったり殴ったりして護送車に乗せた。

 国家権力が警察を使い、植民地の女性を逃げられない状態で誘拐し、戦場に運び、1年2年と監禁し、集団強姦し、そして日本軍が退却する時には戦場に放置した。強制連行した朝鮮人のうち、男性の半分、女性の全部が死んだと思う。

 また、北海道新聞には吉田氏の「アフリカの黒人奴隷狩りと同様の狩り立てをした」という言葉も紹介されていた。

 こんな話が朝日に限らず20〜30年前の新聞に何度か掲載された。それを今回、朝日新聞は再調査して、“証言”の裏付けが取れなかったためにこれを虚偽と認定し、記事を取り消したというわけだ。

 朝日新聞は自らの記事が間違いだったことを認め、過去の記事を取り消した。いま言えることはここまでだ。逆にいうと、朝日が記事を取り消したからといって「性的虐待も否定された」とか「謝罪する対象はもうない」とまでは言えないはずだ。

 混乱の原因は山田氏の指摘のとおり、「どういう行為に対して謝ったのか」の「どういう行為」の事実認定が曖昧だからだ。

■安倍政権も河野談話の継承を明言


 日本政府の立場としては、〈日本政府が発見した資料の中には軍や官憲によるいわゆる強制連行を示す記述は見当たらなかった〉(第1次安倍政権の2007年に閣議決定)というものだ。河野談話もこれを前提につくられ、次のような認定をしている。

 〈慰安所は、当時の軍当局の要請により設営されたものであり、慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した。慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。また、慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった。〉
 http://www.awf.or.jp/6/statement-02.html 河野談話の全文

 つまり、吉田証言にある「慰安婦狩り」のようなことはなかったが、本人たちの意思に反して慰安婦にさせられたり、痛ましい生活を送らさせられたりしたことは事実としてあったというわけだ。

 そのうえで、日本政府は歴代首相(橋本龍太郎、小渕恵三、森喜朗、小泉純一郎)の名前で元慰安婦の人たちに、〈いわゆる従軍慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われたすべての方々に対し、心からおわびと反省の気持ちを申し上げます〉というおわびの手紙を送っている。
 http://www.awf.or.jp/6/statement-12.html 手紙の全文

 さらに、アジア女性基金の歴代理事長(原文兵衛、村山富市)からの手紙もある。
 http://www.awf.or.jp/6/statement-13.html

 これを読む限り、当時の政府はこの問題にきわめて真摯に対応していたことがわかる。

 ちなみに安倍政権もこの河野談話の継承を明言している。河野談話作成過程の検証が行われたが、その結果、談話が修正されることはなかった。つまり、たとえ朝日が記事を取り消しても、この事実認定に揺らぎはないということだ。

■「性的虐待も否定された」ことにはならない


 先に紹介したアジア女性基金のホームページには河野談話の根拠となった膨大な調査資料もアップされている。戦時下に書かれたものがそのままPDFになっているのでなかなか読みづらい部分もあるが、この問題に関心のある人はぜひ読んでみて欲しい。そして、実際に何が事実なのかを考えてみて欲しい。
 http://www.awf.or.jp/index.html

 自民党の決議にあるように、国際社会が誤まった認識に基づき、日本の評価を下げているとしたら、それは由々しきことだと思う。だが、反論するにも事実をしっかり見極める必要があるだろう。

 ここを慎重にやらないと、単に「日本は慰安婦問題そのものをなかったことにしようとしている」というさらなる誤解を招き、国際社会でますます評価を下げることになりかねない(というか、すでになりつつあるような気がしてならない)。

 繰り返すが、現時点では一民間企業である新聞社が過去の記事について誤りを認め、当該記事を取り消したという話なのだ。それが直ちに、「性的虐待も否定された」「謝罪すべきことは何もなかった」にならないことは明らかだ。【了】

やまぐち・かずおみ/ジャーナリスト
1961年東京生まれ。ゴルフダイジェスト社を経て89年に大手新聞社の出版部門へ中途入社。週刊誌の記者として9.11テロを、編集長として3.11大震災を経験する。週刊誌記者歴3誌合計27年。この間、東京地検から呼び出しを食らったり、総理大臣秘書から訴えられたり、夕刊紙に叩かれたりと、波瀾万丈の日々を送る。テレビやラジオのコメンテーターも。2011年4月にヤクザな週刊誌屋稼業から足を洗い、カタギの会社員になるハズだったが……。

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