【コラム 山口一臣】佐世保高1少女はなぜ同級生を殺害したのか

2014年8月2日 12:57

印刷

記事提供元:さくらフィナンシャルニュース

【8月2日、さくらフィナンシャルニュース=東京】

●親友でも、殺してみたかった


 またもや報道する側を悩ませる事件が起きた。私自身、どう書けば考えていることを誤解なく伝えることができるか逡巡している。

 長崎県佐世保市で起きた高1少女による同級生殺害事件である。

 県立高1年生の松尾愛和さん(15)の帰りが遅いのを心配した親が警察に捜索願を出したことが事件発覚のきっかけだった。警察が、愛和さんと遊ぶ約束をしていた同級生の女子生徒A(16)が一人暮らしをしているマンションに踏み込むと、ベッドの上に横たわる愛和さんの遺体が見つかった。遺体は首と左手首が切断されていた。

 一般に、事件で殺された被害者の遺体が損壊されるのは、深い恨みが原因であることが多い。事件発覚当初の報道でも「動機はうらみや嫉妬の可能性」との分析を紹介しているものもあった。同性による殺人の場合、とくにそれが多いというのだ。

 ところが、捜査関係者から伝わってきたAの供述はあまりに衝撃的なものだった。

 「人を殺してみたかった」

 「遺体をバラバラにすることに関心があった」

 「ネコを解剖したり、医学に関する本を読んだりしているうちに、人間で試したいと思うようになった」

 「殺すために自分の部屋に(愛和さんと)2人で行った」

 「(部屋で)テレビを観ているうちに、我慢できなくなった」

 被害者の愛和さんとは何らトラブルもないことがわかる。それどころか、「いちばん親しい友だち」だったというのだ。にもかかわらず、遺体は腹部も大きく切り裂かれ、そばから石を砕く目的に使うハンマーや刃渡り25センチのノコギリなどが押収された。はじめから解体目的で人を殺す準備をしていたことをうかがわせた。警察の調べに対してAは、「すべて私がやりました」と認めている。

 「なぜ、高1少女がこんなことを…」世間の関心は、その1点に集中した。

●絵に描いたような週刊誌ネタ


 しかも、加害者Aの家庭環境は絵に描いたよう「週刊誌ネタ」の世界なのだ。各メディアはこぞってそれを報道したーーー

 学生時代にスピードスケートの国体選手だった父親は、佐世保でもっとも大きな弁護士事務所を経営する地元の名士で(年収1億円超との報道も)、東大卒の母親は地元放送局に務めた後、市の教育委員を務めたり、子育てサークルや女性と育児に関するNPO法人を立ち上げ、出版や講演活動にも勤しんでいた。

 ・生家は高台に建つレンガ造りの地上2階、地下1階で、家の中にはエレベーターもある豪邸だった。

 ・兄も都内の有名私立大に通い、父親の後を追って司法試験をめざしている。

 まさに「幼い頃から何不自由なく優雅に暮らすエリート一家」である。A本人も、学校の成績は常にトップクラスで小学校時代には司法試験に受かって検事になる夢を公言していた。通っていた高校も県内有数の進学校で、高校入学をきっかけに「留学をするので、その準備のために」一人暮らしを始めたと父親は周囲に説明していた。

 父親と親子でスケートの全国大会に出たり、ピアノや絵画での入賞経験もある。

 そんな秀才少女がなぜ? 取材をすればするほど謎は深まる。やがて、メディアはその謎を解く鍵をAの「母親の病死」と「父親の再婚」に求めていった。

 Aの実母は昨年秋に膵臓がんで亡くなっていた。もともとお母さんっ子だっただけに非常に大きなショックを受けていたという。ところが、それから半年もしない(母親の喪も明けていない)うちに父親が20歳も年下の若い女性と再婚したというのだ。

 思春期の少女が父親の再婚に葛藤を覚え、精神が不安定になったというストーリーは分かりやす過ぎるくらい分かりやすい。実際、母親の死後、Aが父親を金属バットで殴り大怪我を負わせるという事件も起きている。Aが一人暮らしを始めたのも、父親が再婚する1カ月前のことだった。「もうお母さんのこと、どうでもいいのかな」とAが友だちに漏らしていたという証言もあった。

●安易な方向に流れる報道


 こうなると、報道はどうしても「分かりやすい」方向に流れていく。主に夕刊紙を舞台に、“父娘不仲説”が流された。新しく来た母親は派手好きで、胸元が大きく開いたシャツや体の線がクッキリと出る服装をしていたとか、再婚前にすでに妊娠していたなどいう記事まで出る始末である。

 「本来なら父親と継母に向かうべき怒りが被害者の少女に向かった」

 そう解説する専門家(精神科医)もいたほどだ。

 一方で、Aが小学校時代にクラスメイトの給食に漂白剤や洗剤を混ぜる事件を起こしていたことや感情の起伏が激しかったこと、ネコや小動物を解剖するなどの奇行が見られたことなどもあって、これが父親の再婚をきっかけに顕在化したとする説が広まった。

 分かりやすい。だが、本当にそんな単純なものなのか。

 事件報道の目的を突き詰めれば、起きた事実を社会で共有し、分析・解説を含めて知見として蓄積していくことだと思う。めざすところは再発防止だ。あるいは、再発を防げないまでも知見と経験の積み重ねが社会不安を和らげることにつながる。現段階での情報を元に、さまざまな仮説が提示され、解説・論評されること自体を否定するつもりはない。

 だが、今回の事件については「父親の再婚で精神が不安定になった少女が起こした」こととして片付けるには違和感があり過ぎる。そんな簡単な話ではないはずだ。

●よみがえる17歳少年の主婦殺人事件


 一連の報道を見て、私は2000年5月に愛知県豊川市で起きた当時17歳の少年による主婦殺人事件を思い出さずにはいられなかった。加害者少年の殺人の動機は「人を殺す経験がしてみたかった」というものだった。

 この事件についてはノンフィクションライターの藤井誠二さんが『人を殺してみたかった 愛知県豊川市主婦殺人事件』(双葉社)という優れたルポルタージュを書いている。いま改めて読み返すと、事件そのものの衝撃とさまざまな問題提起がよみがえってくる。

 少年は理科系の国立大学に進学を希望し、成績も優秀だった。一方で部活動にも熱心に取り組んでいた。事件当日も普段通りに学校に来て、ホームルームの時間まで学校にいた。

 そんな少年が人を殺そうと思った直接のきっかけは、「(高3で)本当に部活が終わったから代わりにやることを探そうとした」「退屈だったからとしか言いようがない」と供述している。そうして「人が物理的にどのくらいで死ぬのか知りたかった。また、人を殺したとき自分はどんな気持ちになるか知りたかった」と言い、「自分はこれをやるんだと決めたら実行するタイプだ」とも。

 犯行を決めたのは事件の前日、「明日、人を殺そうと」と決意したというのである。

 一般の人にはまったく理解できない話だろうが、本人の中では首尾一貫しているようだった。被害者の主婦(当時68歳)を選んだのも「未来のある人は避けたかったので老女を狙った」という理由からだ。事前に表札を見て「年寄りっぽい」名前の家を探したという。驚いたのは捜査員から被害者女性に対する気持ちを聞かれたときのことだ。

 少年は「(おばあさんは)すでに死んでいるため謝っても仕方がない」と淡々と話したという。想像を絶する話ではないか。

 なぜ、こんなことが起きたのか。家庭裁判所の審判の過程で少年に対して2度の精神鑑定が行われた。少年は発達障害の一種であるアスペルガー症候群と診断され、医療少年院送致が決まった。審判決定書には次のように書かれていた。

 〈本件非行時、前記疾患(高機能広汎性発達障害=アスペルガー症候群=筆者注)に特有な症状である共感性の欠如、異様なまでのこだわり、想像力の欠如などによって、理非善悪を区別する能力が著しく減退した心神耗弱状況にあったことが認められる(なお、少年の場合、不幸にして犯罪行為を引き起こしてしまったが、高機能広汎性発達障害者が犯罪を犯す危険性は極めて低く、それ自体に犯罪を誘発する要因は認められない)〉

●障害は犯罪に直結しない


 さて、ここが問題だ。少年の心の動きは「アスペルガー症候群」というキーワードによって初めて解き明かされた(後述)。しかしそのことを書くと、アスペルガー症候群という障害に対する誤解や偏見を助長するリスクが避けられない。審判開始決定書にあるように、アスペルガー症候群の者が犯罪を犯す危険は極めて低く、障害が犯罪に直結することはないということが、これまで繰り返し強調されてきたにもかかわらずだ。

 非常にデリケートで書きにくいテーマなのだ。

 私自身、週刊誌の編集長時代、アスペルガー症候群に限らず、障害と犯罪を安易に結びつけることを厳に戒めてきた。だが、あれほど注意深い記述をしている前述の『人を殺してみたかった』の著者の藤井さんの元にさえ、自閉症やアスペルガー症候群の子どもを持つ保護者団体の関係者から「書くべきではない」と抗議の声が寄せられたという(同書「あとがき」より)。

 隠すことは、本当に最良の選択なのだろうかーーー。

 少年をアスペルガー症候群と認定した過程は、世間一般にはもちろん被害者遺族にもいっさい開示されていない。しかしその一端を、藤井さんがある自閉症関係団体の機関紙の中から見つけ、著書に引用している。少年の弁護団代表だった多田元弁護士へのインタビュー記事がそれだ。

〈ーーー二次鑑定書の内容は予想通りでしたか?

 多田 いえいえ、ある意味「感動の連続」でした。A4判、100ページ近くに及ぶ鑑定書で、彼の生育歴も説明しながら彼の行動を一つ一つ分析していくのですが、疑問が次々に氷解していくのを感じました。少年のこだわりの強さ、概念を視覚的なものに置き換えて理解すること、言葉のやりとりのずれ、(中略)不思議に思っていたことが「なるほど、そうだったのかー」という感じでした。ぼくたちがアスペルガーについて教科書的に勉強したのとはまったく別次元の内容でしたね。(後略)〉

 鑑定書を読むと、少年がアスペルガー症候群だったから犯罪を犯したのではなく、さまざまな不幸が重なり合い、最悪の結果を招いてしまったことがわかるという。それは健常者が犯罪を犯す構図と何ら変わるものではない。だとしたら、少年がアスペルガー症候群だと認定された過程については広く公表された方がいいのではないか、と考えるのは私だけではないはずだ。

 もちろん、障害に対する誤解や偏見が起きないよう細心の注意を払うことは言うまでもない。

 前述の著書で藤井さんはこうも書いている。

 〈かつて取材した殺人事件ーーそれも著名なーーを引き起こした少年らのなかに、アスペルガー症候群の特徴と酷似しているパーソナリティを持っているケースがいくつもあった。(中略)そのような少年たちのなかにアスペルガー症候群と診断されるべき者が少なからずいた、ということである。私があえてこのようなことを記したのは、もし仮に、アスペルガー症候群の少年が「誤診」されて、本来受けるべき治療を受けられない処遇に付せられているとしたら、それは二重の不幸だからである。アスペルガー症候群に対する偏見を助長する意図は、私には一切ない〉

 翻って、佐世保の高1少女殺害事件である。いずれ加害者の女子生徒Aに対する精神鑑定が行われることになるだろう。結果がどうであれ、その情報がどこまで開示されるかに注目したい。

●父娘不仲説に反論


 ちなみに、これまで流されていた“父娘不仲説”については、Aと接見した弁護人が7月31日、報道に反論する文書を発表した。

 それによると、Aは接見した弁護人から“不仲説”が流されていることを聞き、驚いていたという。その上で、Aは弁護人に対して、

 「父親の再婚については初めから賛成している。父親を尊敬している。母が亡くなって寂しかったので新しい母が来て嬉しかった」

 などと話したという。もちろん、現時点ではこれがAの本心かどうかはわからない。【了】

やまぐち・かずおみ/ジャーナリスト
1961年東京生まれ。ゴルフダイジェスト社を経て89年に大手新聞社の出版部門へ中途入社。週刊誌の記者として9.11テロを、編集長として3.11大震災を経験する。週刊誌記者歴3誌合計27年。この間、東京地検から呼び出しを食らったり、総理大臣秘書から訴えられたり、夕刊紙に叩かれたりと、波瀾万丈の日々を送る。テレビやラジオのコメンテーターも。2011年4月にヤクザな週刊誌屋稼業から足を洗い、カタギの会社員になるハズだったが……。

■関連記事
新関西国際空港に、給油会社が他社の給油行為を禁止するよう要求
「弁護士任官」の水野邦夫仙台高裁部総括判事が東京高裁部総括判事に就任
【お知らせ】編集長、財務省人事を読み解く

※この記事はSakura Financial Newsより提供を受けて配信しています。

関連記事