【コラム 山口利昭】東芝事件・有価証券報告書提出で始まるセカンドステージ

2015年8月31日 15:40

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記事提供元:さくらフィナンシャルニュース

【8月31日、さくらフィナンシャルニュース=東京】

 8月31日は東芝さんの15年3月期の有価証券報告書が公表される日ですね。概要・見込みについては既に8月18日に公表されていますが、P/Lに関連する会計処理の問題がB/Sにどのような影響を及ぼしているのか(また監査法人がこれを許容したのか)という点は注目したいところです。第三者委員会報告書の公表、これを受けてのガバナンス・内部統制の再構築のための新体制発表が第1ステージとするならば、今後は東芝を取り巻くステークホルダーがどのように動くのか、いよいよ有価証券報告書の提出後は第2ステージが開幕しますね。

 ところで第2ステージを読み解く上で、とても参考になると思うのが岩波書店さんの月刊世界9月号に掲載されている「東芝『不適切会計』事件の真相」というテーマでの細野祐二先生と郷原信郎先生の二つの論稿です。第三者委員会への批判や監査法人への批判という点は、私もすでに当ブログで私見を述べており、やや両先生方とは意見を異にしますが、やはり会計専門家、法律家の立場から、この会計事件を鋭く分析されていて共感できるところが多く、とても勉強になります。

 細野先生は同じく工事進行基準が問題となったIHI事件との比較において、東芝の場合には米国会計基準に基づく決算報告提出会社である点にスコープしています。WEC(ウェスティングハウス社)の「のれん」の減損テストや繰延税金資産の計上不能に関する論点のほかに「その他包括利益」を構成する株主持分変動(退職給付債務計算における数理差異等の調整額)にも焦点をあてて、「財務制限条項」抵触問題にツッコミを入れておられるところは興味深い。

 また郷原先生はオリンパス事件との比較において、東芝事件では会計事実ではなく会計処理上の評価に関する不正であることや金融取引ではなく日常的な取引に関する不正であることにスコープして、とりわけ監査法人の責任問題に論及されています。ココは私も別の機関誌で書かせていただいていますが、監査法人さんの問題を論じる上で重要なポイントかと思われます。

 私的に第2ステージで注目したいのは(前から申し上げているところで繰り返しになりますが)監査法人さんと監査委員会との間でどんなやりとりがあったのか、という点です。どなたかがコメント欄でおっしゃっておられたとおり、これくらい大きな会社になると会計処理の方法やその結果など、経理担当者と監査法人で作りこんでいくのが実際の作業であり、その具体的な中身や適正性などは経営者にも監査役(監査委員会)にもわからないのかもしれません。

 しかし第三者委員会報告書を読むと、いくつかの場面で経理担当者と監査法人との証言が食い違っていたり、また経理担当者が監査法人対策をされていたことを示すメールも紹介されています。つまり会計基準の適用場面において両者が対立する場面もあったことが窺われます。

 そのような場合、すでに2005年あたりからは、監査役(監査委員会)と監査法人との連携や協調によって解決を図ることが日本公認会計士協会や日本監査役協会の「共同報告」で示されていたはずであり、監査法人側が会計処理上で問題を抱えている場合には定期または臨時の監査役協議会において課題を共有するのが通常だと思われます。

 たとえば工事原価見積金額の確定による引当金の算定など、たしかに会計事実を隠ぺいしているものではなく、会計処理上の評価の問題ではありますが、評価のためにはその根拠事実が必要であり、根拠事実が不足しているのであれば監査役(監査委員会)に協力を要請するのではないでしょうか。

 会社は機関投資家ではありませんので、いくら「将来見積もり」が会計処理に影響するとしても、それは過去の実績からしか根拠事実として示すことはできないのです(これは企業会計の役割からみて当然です)。事業計画の評価など監査役(監査委員会)の業務ではありませんが、会計監査人が意見を形成するための根拠事実となる「過去の事実」を報告することは、監査役(監査委員会)にもできるはずです。

 2005年ころまでの監査実務では「しょせん監査役(監査委員会)など、会計をわからない素人ばかりなのだから相談してもムダ」といった監査法人の意見が通ったのかもしれません。しかし2005年の会社法改正、2007年の金商法改正、同公認会計士法改正に伴い、会計監査人の監査役(監査委員会)への報告義務が強化され、法規範的にはもはや上記理由は通らなくなってきたのではないかと。

 会計監査上の課題はむしろ共有するのが当然の時代になったのですから、東芝のケースにおいても、会計処理上のどの課題は共有され、どの課題は監査委員会に伝えられていなかったのか、ぜひとも明確にしていただきたいところです。ここが明らかになると、会計監査人には責任があるが監査委員会には責任がない、逆に監査委員会には責任があるが会計監査人には責任がない、といった法的責任のトレードオフの関係も明らかになるのではないかと考えるところです。【了】

 山口利昭(やまぐちとしあき)/山口利昭法律事務所代表弁護士。大阪府立三国丘高校、大阪大学法学部卒業。大阪弁護士会所属(平成2年登録 司法修習所42期)。現在、株式会社ニッセンホールディングス、大東建託株式会社の社外取締役を務める。著書に『法の世界からみた会計監査 弁護士と会計士のわかりあえないミソを考える』 (同文館出版)がある。ブログ「ビジネス法務の部屋」より、本人の許可を経て転載。

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