【コラム 山口利昭】ツルハHD子会社不正にみる企業集団内部統制のむずかしさ

2015年2月15日 17:52

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記事提供元:さくらフィナンシャルニュース

【2月15日、さくらフィナンシャルニュース=東京】

一昨日、調剤大手ツルハホールディングス社(東証1部)の連結子会社である「くすりの福太郎」において、17万件に及ぶ薬剤服用歴未記載事件が発覚したことが報じられましたが、記事を読んでいて、なんとなく解せない点がありました。子会社による社内調査で当事件が判明したのが平成25年3月であるにもかかわらず、どうしてその2年後の今年2月になって公表したのだろうか?という点です。おそらく誰でも素朴な疑問が抱くにもかかわらず、どこのマスコミも、この点を報じたものはありませんでした。

そして今朝(2月12日)の朝日新聞ニュース(記事はこちら(http://www.asahi.com/articles/ASH2C003XH2BUUPI008.html))と12日付けのツルハHD社のリリース(http://www.tsuruha-hd.co.jp/dl.php?id=1126)によって疑問はほぼ解消できたように思います。つまり、「福太郎」の元薬剤師の方が3年前から行政当局等に内部告発をしており、その後の内部通報(もしくは厚労省からの調査要請)等を契機に福太郎側では本件について社内調査をしていました。そして、平成25年3月の時点で薬剤服用歴未記載の事実を「福太郎」側は把握していたにもかかわらず、この事実を当局にも親会社であるツルハ社にも報告していなかったようです。(ここからは推測ですが)おそらく事態が何も動かないことから、告発をされた元薬剤師の方は、今度は朝日新聞に告発を行い、記者からツルハへ質問状が届き、親会社が確認したところ今回の公表に至ったものと思われます。

私は本日(12日)、日本監査役協会(関西支部)にて講演をさせていただきましたが、企業集団内部統制の話の中で、子会社不正の発生可能性について述べました。子会社経営の独立性を尊重する場合には人事を滞留させることが、そしてグループ経営の効率性を上げるために親会社のオペレーションを重視する場合には子会社担当者の能力不足によりブラックボックスを作ってしまうことが、それぞれ不正の温床になる(不祥事の発生可能性を高める)と解説させていただきました。本件では「福太郎」の薬剤師の方々が、ツルハから導入されたオペレーションを使いこなせなかったことが薬剤服用歴未記載の主な原因だったそうで(たとえばWSJの記事参照(http://jp.wsj.com/articles/JJ11119097001671633343820151005901787552009?tesla=y&tesla=y))、まさに「一次不祥事」としての子会社不正の発生する典型例ではないかと思います。

本件は診療報酬の過大請求に該当するというものであり、「福太郎」の不正はかなり問題だと思いますが、親会社が子会社不正を把握することが容易でないことも浮き彫りになりました。薬剤服用歴未記載という点、その状況における報酬請求という点も問題ですが、なによりも元薬剤師の告発があったにもかかわらず、不正を親会社に報告していなかった点であり、これは典型的な「二次不祥事」です。一次不祥事だけであれば「社員による不正」で済むところですが、把握していた不正を報告していなかったとなると、「組織による不正」と評価されることになり、その社会的評価を毀損してしまいます(ちなみに福太郎の社長さんは引責辞任されるようです)。ツルハHDは他業種との提携によって事業展開をされる予定だそうですが、このような不正が発生することで、事業展開に影響が出ることも予想されます。

このたびの会社法改正において、企業集団における内部統制システムの整備・運用が(多重代表訴訟の適用範囲の制限によって)大きな課題とされていますが、とりわけ子会社社員による親会社に対する報告体制の整備・運用への取り組みが開示されることになります(たとえば改正会社法施行規則100条1項5号イ、同条3項4号ロ、同118条2号等)。本件でもし「福太郎」の元薬剤師の方が、親会社へ直接告発するルートが確立していたのであれば、もっと早くツルハHDが福太郎で発生した問題を把握することができた可能性がありますし、さらに言えば、そのような体制が確立していれば早期に福太郎自身が動いていたかもしれません。

ツルハHDの会見によると、福太郎は誠実な事業活動が特色ということで、このような問題を起こすとは思っていなかったとのこと。しかし誠実な企業だからこそ、親会社に子会社不正を報告することには前向きになれないわけでして、企業集団としての体制整備が求められます。それにしても、毎度申し上げることながら、不祥事を把握した経営トップはどうしても不祥事を隠ぺいしたいと考え「バレない」ことに賭けてしまいます。社長だけでなく、経営陣も冷静な判断ができない傾向があるようです。今回の例が典型的ですが、告発者が存在する以上、不正はかならず発覚します。たとえ厚労省の動きがにぶくても、マスコミ等は確証を得た場合には速やかに対応します。バイアスで頭がいっぱいになってしまった経営者に、冷静なリスク管理を語る人がどうしても必要だと痛感します。【了】

山口利昭(やまぐち・としあき)/山口利昭法律事務所代表弁護士。
大阪府立三国丘高校、大阪大学法学部卒業。大阪弁護士会所属(平成2年登録 司法修習所42期)。現在、株式会社ニッセンホールディングス、大東建託株式会社の社外取締役を務める。著書に『法の世界からみた会計監査 弁護士と会計士のわかりあえないミソを考える』 (同文館出版)がある。ブログ「ビジネス法務の部屋」(http://yamaguchi-law-office.way-nifty.com/weblog/)より、本人の許可を経て転載。

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